プレスリリース
TRIBUS2022で、大きな注目を浴びたハイドロヴィーナスは、渦の力を生かした「振り子発電」技術を駆使し、独自の水力発電機「Hydro-VENUS」の開発を手掛けるスタートアップだ。エネルギー問題の解決に挑むべく、安全・安定で枯渇しない潮流発電の実用化に向けて、着実な道のりを歩み始めている。ハイドロヴィーナス代表取締役の上田剛慈氏に、TRIBUSで学んだことやその魅力、今後の展望などについて、カタリストを務めた三人と環境・エネルギー事業センターで再エネビジネス開発を担うメンバーを交えて伺った。
【インタビュイー】
上田剛慈氏 株式会社ハイドロヴィーナス 代表取締役
輿石隆保 TRIBUS2022カタリスト、株式会社リコー RFS AM事業センター 顧客共創グループ
伊藤達雄 TRIBUS2022カタリスト、株式会社リコー 先端技術研究所 戦略統括センター 戦略推進室 リサーチG
三谷悠貴 TRIBUS2022カタリスト、リコージャパン株式会社 ICT事業本部 ヘルスケア事業部 第一ソリューション企画室 介護EDWグループ
三宅啓一 株式会社リコー デジタルサービスビジネスユニット 日本極統括 環境・エネルギー事業センター 事業推進室 再エネビジネス開発グループ
安定したエネルギーを作り続ける、世界初の振り子式水力発電機
――最初に、Hydro-VENUS(以下、ハイドロヴィーナス)とはどんなものか教えてください。
上田 ハイドロヴィーナスは、身のまわりの河川や水路、海の潮流など、あらゆる水の流れによって半円柱型の振り子を振動させて発電する、世界初の振り子式水力発電機です。この発電機は、岡山大学の比江島慎二教授の研究から生まれました。
現状、潮流発電では、風力発電と同じように、プロペラを回転させて発電するタイプが主流ですが、プロペラの羽根は漂流物やごみを巻き込むなどして機能不全になりやすいため、潮流発電があまり普及しない理由の一つにもなっていました。ハイドロヴィーナスは、従来のプロペラを回転させる方式ではなく、頑丈な振り子をゆっくりと振動させて発電します。この振り子運動が、漂流物などを振り払うので、巻き込みによる停止や破損を起こすことなく、潮流があるかぎり、安定したエネルギーを作り出すことができます。
――TRIBUS2022に応募したきっかけを教えてください。
上田 近年、さまざまな大企業がアクセラレータープログラムを展開されていますが、リコーさんのTRIBUSは、他とは明らかに雰囲気が違っていました。社会の広い分野での課題解決をめざして、社内のリソースをどんどん使って一緒に新しい価値を作っていこうということが、明確に打ち出されていて、たいへん興味を持ちました。
スタートアップなら、必ずぶち当たる壁がいくつかあると思います。まず一つは、アイデアを試作として具現化するステップまでは何とか進めるけれど、市場をきちんと見定めるときや、量産する段階に至った時です。また、どれだけユニークなアイデアを形にできたとしても、我々のような小さな会社にとっては、自力で販路を拡大していくことは非常に難しいです。そうした状況の中で事業をうまく展開していくために、いろんな方とのご縁を作っていきたいと考えていました。リコーさんはグループ全体として、幅広い分野での技術をお持ちですし、自治体などとの繋がりも深いといったところで、いいご縁になるのではないかと思い、応募するに至りました。
――そういった期待を持ちながら、実際に応募されてみていかがでしたか?
上田 書類、面談の選考後に行われた統合ピッチでは、新卒の人が就職活動する時のように、審査員の方々に自社の特徴や強みをどんどんアピールしました。採択されるかどうかは相手次第という意味では、「お見合い」のような感じでしたね。採択された時は、金星をあげた気分でした。最後まで進みたいと思っていたので、念願が叶ってとても嬉しかったです。
―アクセラレーター期間の4ヶ月は、どんな取り組みを行いましたか?
上田 期間が非常に短いので、カタリストの方々も自身も悩みながらのスタートでしたが、話し合いを重ねるうちに、お互いに対する理解を深めていくことができました。私共の拠点である岡山にも来てくださり、ハイドロヴィーナスもじかにご覧いただきました。アクセラレーター期間の終了後も、一緒に活動できる関係性を築けたことが一番の収穫だと思っています。ちょうど出資を受けるステージでもあったのですが、カタリストの方々は投資家のインタビューにも対応してくださいました。私共に対する期待やTRIBUSの支援内容などを伝えていただき、大変ありがたかったです。
また、採択が決まる直前ぐらいに、環境・エネルギー事業センターの三宅さんが私共の取り組みに興味を持ってくださっていることを、TRIBUS事務局の方を通じて知りました。伴走してくださるカタリストの方々とは別に、今後の協業についてお話することになり、ともにめざすべき姿を確認したところで、最後の日を迎えたという感じです。
互いに学び合い、高め合える関係性
――カタリストの皆さんは、ハイドロヴィーナスのどこに魅力を感じたのですか?
伊藤 新規事業に関わる部署で、スタートアップの方々と一緒にプロジェクトを立ち上げたことがあるのですが、学びも多く、非常に楽しい経験でした。チャンスがあれば、またぜひ取り組みたいと思っていたところ、上田さんのピッチを聞かせていただき、たいへん興味を持ちました。治水という社会課題に対し、世の中に新たな価値を生み出す形でしっかりと構想されていること、その先の目標として、潮流発電という大きな世界が描かれていたことが、決め手となりました。
輿石 これまで私は、プリンターをはじめとするプロダクトの設計に従事したのち、プロジェクトマネージャーとしてさまざまな事業に携わってきました。60歳を迎えた頃から働き方も変わり、さまざまな部署のサポートや相談役を担う機会も増えていました。そんな中、カタリストの経験を持つ同僚を通じて、TRIBUSの存在を知りました。面白い取り組みだと思いましたし、社内のみならず、他社との協業を通じて培ってきたネットワークやノウハウを生かすことができるのではないかと思い、応募しました。
三谷 上田さんのピッチをお聞きした際、自身の知見を生かせそうだと思い、とても興味を持ちました。実は、RFGチャレンジ(TRIBUSの前身であるリコーのアクセラレータープログラム)の頃から、プレイヤーとしても応募していたのですが、その時のテーマが、ハイドロヴィーナスのメカニズムと兄弟のような関係にあるカルマン渦を使った風力発電でした。また、分野は少し異なりますが、学生時代に、人力飛行機を設計・製作する鳥人間サークルのメンバーとして活動していたこともあり、流体や駆動系、モノづくりについての経験がありました。持ちうる知識や経験を生かしてお役に立てればと思い、参画させていただきました。
――カタリストとして伴走する中で得られた気づきや工夫したことがあれば教えてください。
伊藤 ハイドロヴィーナスさんは、これまで私が関わってきたスタートアップとはステージが異なっていたので、課題も想定していたものとは違っていたりして、正直戸惑うこともありました。我々に何ができるんだろう?と悩みながらも考えたことを上田さんにぶつけてみて、率直な意見を交換しながら、少しずつ方向性をすり合わせていけたことが良かったと思っています
岡山を訪問させていただいた頃から、加速していく感覚がありました。それまではリモートでお話していましたが、やはり現地に行くと、技術面の確認を細かく行えますし、何より上田さんのお人柄をより深く知ることができました。アイデアマンであり、チャレンジ精神と行動力にあふれる素晴らしい方だと思いました。繰り返し議論を進めていく中で、上田さんの困りごとと我々のご提案がうまくリンクしていったように思います。
輿石 スタートアップの場合、社内プロジェクトとはまた違って、よりスピード感が求められる世界だということは知っていましたが、想像していたよりも速いということを身をもって実感しました。また、パーフェクトでなくても、ある程度のところでどんどん前に進めながら、改善を図っていかなければならないことも、自身にとっては新たな気づきであり、その機会を与えてくださった上田さんに感謝しています。
アクセラレーター期間中は、先にもお伝えした通り、社内外のネットワークや知見を生かしながら、つなぎ役としてサポートさせていただきました。例えば、協業できそうな会社の方に、ハイドロヴィーナスの取り組みを説明し、そこで得られたフィードバックを上田さんにお伝えするといった具合です。そうした活動を進める中で思い浮かんだアイデアを提案させていただくこともありました。
三谷 上田さんが目指されていることをサポートするという役割を常に意識して、行動するよう心がけていました。これは、RFGチャレンジでの最初のカタリストの経験に基づいています。当時は、スタートアップの方が本当にやりたいことをうまく読み切れないまま、積極的な提案を行っていました。今回は、その時の反省を踏まえて、上田さんがやりたいことに対し、社内で使えそうなリソースやVCの提示など、できるだけ選択肢を多く集めて、ご提案することを心がけていました。
――上田さんは、どんな気づきがありましたか?
上田 TRIBUSに応募する前は、外注したり、アルバイトの方を雇ったりすることはありましたが、実務面ではほぼ1人で動いていたので、プロジェクトについて深く話し合える存在がいない状況でした。カタリストの皆さんが、さまざまな悩みや課題に真摯に耳を傾けてくださる中、今後につながる多くのヒントをいただくことができました。その中でも、ずっと悩んでいたのが、とにかく人手が足りていないということでした。やるべきことはたくさんあるけれど、1人ではすべてをこなすことはできません。そうした現状を踏まえたうえで、さまざまな提案や情報共有をしてくださいました。
また、TRIBUSへの参加を通じて、大企業とスタートアップならではのそれぞれの強みを改めて確認することができました。品質管理など、長い年月をかけて築き上げてきた揺るぎない信頼性は、大企業の強みであり、スタートアップにはないものの一つだと思います。一方、スピード感をもってプロジェクトをどんどん進めていきながら、必要に応じて柔軟に軌道修正を行えるのは、スタートアップの強みです。こうした文化の違いがあるからこそ、お互いに気づきや学びが得られますし、自身にとっても、非常に貴重な経験となりました。
協業を通じて、これまでにない新しい市場を切り拓いていく
――三宅さんは、ハイドロヴィーナスがTRIBUSに採択されるタイミングでお声がけされたそうですね。当初からピンと来るものがあったのでしょうか?
三宅 環境事業開発センターでは、7年ほど前から、発電用水車による小規模な水力を使った水力発電機の開発を行ってきました。しかし、商用電力が主流のまちなかに流通させるのは難しいため、オフグリッド電源として活用することなどを視野に入れながら、技術開発に取り組んできました。そんな折、ハイドロヴィーナスさんがTRIBUSに応募されたことを知りました。以前から注目していましたし、協業できる可能性があるのではと思い、すぐに上田さんにコンタクトを取らせていただきました。TRIBUSは自社の取り組みということもあって、接点を作りやすかったですね。潮流発電の実用化は、非常にチャレンジングですが、その分やりがいも大きいと思っています。仮説検証をどんどん回していきながら、これまでにない新しい市場を切り拓いていくべく、上田さんと手を携えていきたいです。
上田 三宅さんは、センシングを含めた海のDXをめざして、リコーの360度カメラ「RICOH THETA」を使った水中の遠隔監視システムの開発にも携わっていらっしゃいます。潮流発電を広く展開していくことをめざす中、水の流れのある場所として、当然海も視野に入れていますので、その意味でも、シンクロするところが大いにあります。今後、開発を進めていくにあたって、マイルストーンの一つとして掲げているのは、水中でRICOH THETAを動かせるくらいの電力を実現することです。三宅さんとのご縁をいただいて以来、お互いの取り組みに対する理解を深めるために、時間をかけて話し合ってきました。それを経て、ようやく協業に乗り出せるステージにたどり着いたところですが、将来的には、リコーさんの環境・エネルギー事業センターでも使っていただけるようなものを開発していきたいと考えています。