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高知東生の自伝的小説『土竜』刊行までの2年半のストーリー。編集者が明かす、執筆の裏側

(PR TIMES STORY) 2023年03月27日(月)17時17分配信 PR TIMES

2023年1月25日上梓された高知東生(たかち・のぼる)の初小説集『土竜』(もぐら)。「小説宝石」掲載時から、「本当に高知東生が書いたのか?」と文芸界でも話題となっていた短編小説の単行本化である。この作品は、彼のひた隠されてきた生い立ちと半生を切り取り、物語というかたちで描き切った、覚悟の自伝的小説集である。


執筆依頼から刊行までの2年半におよぶ裏側を、編集担当、光文社の吉田由香が綴った。

Twitterの文章に衝撃を受けて、電光石火の執筆依頼をした

2020年7月の休日。何気なくTwitterに流れてくるタイムラインを見ていたら、実母の自死についてつぶやいた、高知東生(たかち・のぼる)さんのtweetと出逢いました。静かに、それでいて熱い文章に惹かれたのです。ものすごい数のRetweetといいね、がついていました。


(高知氏のTwitterより)


いてもたってもいられず、すぐさま編集長にメッセージを送りました。


>お休み中にお騒がせしてすみません。

>お時間ある時に高知東生さんのTwitterを見ていただけますか。

>彼の出自についてのtweetです。

>虐待児の事件から呟き始めたんだと思います。

>正直な気持ち、真摯な姿勢を感じました。

>tweet内容と文章にかなり心揺さぶられました。

>彼に私小説を書いてもらうというのはどうでしょうか。

>思いつきまで。


週明け、編集長からGOサインをもらい、高知さんの窓口となっている「ギャンブル依存症問題を考える会」の田中紀子氏に連絡をしました。すぐに高知さんご本人と会えることになり、お会いしたのが8月早々。正直、高知さんのことはあまりよく知りませんでした。俳優で薬物の事件を起こした人、という簡単な認識しかありませんでした。ちょうど、高知さんは9月に4年間の執行猶予が明ける直前で、自叙伝『生き直す』の出版も決まっているとのことでしたが、私のなかではとにかく小説を書いてもらいたい、その一念を打ち明けました。Twitterを追いながら、ぜひ、複雑な生い立ちやどん底の日々など、苦しい胸の裡を吐き出し、小説に昇華してほしいと一方的に迫ったのです。



「本を全然読んでいないし、漢字も知らないからとても無理です」


高知さんは、誠実で紳士的な印象で、とても感じのいい方でした。

依存症の啓発活動をする田中さんと出逢い、「12ステッププログラム」という回復プログラムを通じ社会復帰してきた日々から、今度は支援する立場となって、講演に動画配信にと、忙しく活動されていました。真摯に一生懸命、再生の道を歩んでいらっしゃるように感じました。


小説を書いてほしいという依頼に、「本を全然読んでいないし、漢字も知らないからとても無理です」と当初は頑なに固辞されたのですが、実は自死されたお母様のことを書きたいと思っていたことがあると伺い、近々出版される自叙伝では差し障りがあり書ききれなかった世界をぜひ小説に書いてみましょうよ、とひたすらプッシュしました。


その時は、高知さんの抑制のきいた文章に興味があったので、自伝的なテーマに固執せず、まずは、高知さんの書きたいものを書いてもらえればいいと思って、自由に好きなテーマで(400字)30〜50枚くらいで一度書いてみてください、とお願いしました。


しかしその日は、確約することなく別れました。


書けるか書けないかという前に、高知さんご自身が、書いてみようというその気になるかどうかも、その時はまだ半信半疑でした。



改稿に改稿を重ね、修正赤字を入れ続けて


ところが、お会いして二週間後に、初小説の短編「シクラメン」が届いたのです。これにはかなり驚きました。


正直、文章は荒かったです。改行や会話のルールも無視していました。が、何かとてつもなく熱くほとばしる勢いがあり、生々しい小説世界が迫ってくるような印象を受けたのです。それでいて、底なしの寂しさがひたひたと漂っています。


初めての小説を、こんなふうに書く人がいるのだと、衝撃を受けました。高知さんの小説世界に、私自身がどっぷりと魅了されたのです。


ご自身の半生を切り取った高知さんの短編集を作ろう、そして、小説を書き続けてもらおうと決意しました。


「シクラメン」は3か月ほどかけて、3回改稿をしました。入稿しゲラになってからも何回もやりとりをし、かなり赤字を入れ続けました。とくに土佐弁には何度も修正が入っています。音(アクセント)を文章にするのが難しかったようです。




(『土竜』より、「シクラメン」の冒頭)


ブラッシュアップには苦労されたと思います。お伝えする改稿点を理解してくださるのに時間がかかりました。アドバイスを聞くことも、それを踏まえて書き直すことも、苦行だったと思います。それでも素直に、なんとかいい方向に仕上げようと努力してくださいました。また、これだけは譲れない、こだわりたい、という作家性を感じることもありました。


そして、2021年12月22日、「小説宝石」新年号に初の小説が掲載されました。発売日は高知さんの誕生日とも重なり、先の見えないどん底の日々から少しずつ道が開け、新しい世界にチャレンジしたという達成感に感慨深いものがあったようです。


反響はかなりありました。高知さんを応援しているファン、依存症関係のお仲間はもちろん、作家の方たちからもたくさんの驚きと高評価をいただき、自分のことのように嬉しかったです。


(『小説宝石』2021年新年号)


自分のルーツを探り繙(ひもと)くたびに、新たな真実が出てきた


それから2年、6本の短編を書き上げてくださいました。書くほどにコツをつかんでくださったように感じます。その都度苦労はされましたが、映像から入るという世界を構築し、作者と作品を見事な距離感で魅力ある作品に仕上げてくださいました。


事前にプロットを相談することなく自由に書いていただいたわけですが、毎回視点を変えて、違った人間、違った時を切り取りながら、高知さんをモデルとした主人公がどこかに感じることのできる物語世界になっています。


高知という風土、ノスタルジックな昭和の匂い、色街と侠客の世界、渇いた家族関係、喧嘩とナンパの日々…、生きづらさを感じている人間たちの寂寥感をさまざまな視点で書き上げています。


腹を括り覚悟を決めて、自身の半生を曝け出して描こうと挑戦してくださったわけですが、普通ならば、主人公視点で時系列に描くところを、視点を変え一つ一つ違った角度から描いたことで、物語に奥行きが生まれました。秀逸な構成と物語との距離感、映像的な世界、生身の人間の息遣いには、非凡なものを感じます。


『土竜』には、事実にそった経験や生い立ちが描かれていますが、それを超える物語世界が濃く深く広がっているのです。


それでも、ご自身のことを書くことは苦しかったと思います。「書きながら何回も泣いた」とおっしゃっていました。過去をさかのぼり自分自身と向き合い、まさに魂を削りながら書き上げたのではないでしょうか。


これを書くために、改めて自分のルーツを探り繙(ひもと)くたびに、新たな真実が出てくることもあったそうです。小説を書くことで、自分を苦しめてきた人生を吐き出すことで、過去からの解放に繋がったのでしょうか。高知さんはいま、自分で自分を愛し直そうと一生懸命前に進もうとしているのかもしれません。


「土竜」は、金子正次さんの映画「竜二」へのオマージュでもある


タイトルは悩みました。できれば高知さんの内面にあるものから、高知さんにつけていただきたかったので、候補案を出してもらいました。寂しさや切なさを表現したいと、美しく儚(はかな)いタイトル案がいくつも並ぶ中、「もぐら」という言葉がありました。


必死に隠してきたもの、生涯土に埋めておこうと思った話がひょっこり顔を出したという意味合いで、「もぐら」はどうかと。


それなら、泥臭いイメージの「土」と、主人公の名前の「竜二」から、漢字の「土竜」にしましょうと提案しました。日の当たる場所へと行きたいけれど、地上ではうまく動き回れない習性が、小説世界とリンクする素晴らしいタイトルになったと思います。


主人公の名前を「竜二」にしたのは、高知さんが心酔する金子正次さん(※)の映画『竜二』へのオマージュです。ちょうど映画公開の頃、母親を自死で喪った十代のやんちゃをしていた高知さんに、自分も孤高の道を生きようと決意をさせた映画です。「いつか金子さんのように自伝的青春群像劇を脚本にしたい」と夢みていたそうです。それが「小説というカタチで実を結ぶとは」とご自身も驚いていらっしゃいます。


※金子正次(かねこ しょうじ、1949年1983年)は脚本家で俳優。自主制作の初主演映画『竜二』が大ヒットしたが、映画公開期間中に33歳で死去。


著者と葉真中顕(はまなか・あき)の『ロスト・ケア』を結ぶ不思議な縁


(高知氏のTwitterより)


面白かったのは、ほとんど本を読んでいないとおっしゃっていた高知さんが、執行猶予中の引きこもっていた時期に、葉真中顕(はまなか・あき)さんのデビュー作『ロスト・ケア』を読んで、一気に葉真中ファンになったと判明したことです。それをtweetしたところ、葉真中さんとつながり、


>葉真中先生のお目に留まるとは思わず、今この返信を入れさせて頂くのも手が震えています。

> それ位、先生の「ロスト・ケア」には衝撃を受け忘れられない作品です。

> 僕は恥ずかしながら読書の習慣が全くありませんでした。

>僕にとって読み物と言えば台本だけでした。


葉真中さんも、「自分の作品が高知さんの支えや救いになっていることに感激した」とおっしゃってくださいました。


実は、葉真中さんの『ロスト・ケア』は私が編集しました。「デビュー時から担当しているんですよ」と伝えると、不思議なご縁をとても喜んでくださって、自叙伝『生き直す』を葉真中さんに贈ってほしい、と頼まれたりしました。依存症からの回復や人生で失敗した人の再起を支援する活動をしている高知さんにとって、介護や貧困などの社会問題に切り込む葉真中さんの作品には共感できる部分が多いようでした。


高知さんは小説を書くようになってから、本を年間100冊読む、との目標を掲げ読みまくっているそうです。「全然、実力が違う」と読むたびに落ち込んでいるそうですが、高知さんの世界は唯一無二だから、と周囲の仲間に励まされています。


「これ、本当に高知東生が書いたの?」


短編がそろい、本を作ることになり、とにかくこだわりたかったのは、タレント本や世間を騒がせた人の奇をてらった本ではなく、純粋な文芸作品として世に出したいということでした。


本を読んでもらえれば、その小説世界に驚きと満足を感じてもらえることは信じていますが、読む前の段階では色メガネで見る人がいるかもしれない。それはとても残念なことなので、とにかく手に取ってもらうために、どなたかに推薦文をお願いしたいと思い、編集長と相談し、老若男女たくさんの読者から支持されている重松清(しげまつ・きよし)さんにゲラを読んでいただきました。重松さんなら、情報に惑わされることなく公正な目で評価してくださる方だと信頼したのです。


ある意味”素人の作品”を大ベテランの作家さんに読んでいただくことにはかなり緊張しましたが、重松さんから有り余るお褒めの言葉をいただいたときは天にも昇る思いでした。さらに、熱い素敵なメッセージを帯に頂戴し、高知さんも感動で震えていました。

「小説宝石」3月号では、重松さんが書評も書いてくださることになっています。


ゲラや見本を、各関係者に読んでいただいたところ、とにかく必ず出る第一声が「これ、本当に高知東生が書いたの?」です。


いっぱい驚いてください。正真正銘、本当なんです。小説を初めて書いたのです。信じられませんよね。複雑な生い立ちや特異な経験、生きる苦悩を抱えていたからだけではなく、高知さんの生まれ持った豊かな表現力が、小説という世界にうまくはまったように感じます。たくさんの方がシンパシーを感じてくださっています。


ひとりの作家の誕生を盛り上げていきたい


小説集ですので、人によってどの作品が一番好きかは分かれるところですが、私は冒頭の「アロエの葉」が特に好きです。映像的で痺れます。男性は「シクラメン」を推す方が多いですね。お母様への思慕が強い高知さんも「アロエの葉」にいちばん思い入れがあるとおっしゃっていたので、雑誌掲載順ではなく、順番をいくつか入れ替えました。そうは言っても、涙と可笑しさと懐かしさと、どの作品も違った手触りがあり、読むたびに驚きと感動があり楽しんでいただけると思います。


『土竜』は、高知東生の半生を描いた自伝的小説集ではありますが、私たちのまったく知らない、竜二というひとりの男の人生として小説世界に感じ入ってもらえたら、こんな嬉しいことはありません。


高知さんのセンスに惚れ込み、高知さんの可能性を信じ、高知さんと偶然出逢えたことに感謝し、ひとりの作家の誕生を盛り上げていきたいと思います。『土竜』がたくさんの方に届くことを心から願っています。


(サインをする著者)



(『土竜』)


書名:土竜(もぐら)

著者:高知東生(たかちのぼる)

判型:四六判ハード

定価:本体1,760円(税込)

発売日:2023年1月25日(水)※流通状況により一部地域では発売日が前後します。

発売元:光文社

https://www.amazon.co.jp/dp/4334915086

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