プレスリリース
東京⇔パリ――夜明けの取材リレーが生んだ魂のスクープ。ウォール・ストリート・ジャーナル東京支局長に聞く『カリスマCEOから落ち武者になった男 カルロス・ゴーン事件の真相』刊行秘話。
日産、ルノーの元会長カルロス・ゴーンの功罪と、逮捕から逃亡までの一部始終をウォール・ストリート・ジャーナル東京/パリ支局の記者2人が追った『カリスマCEOから落ち武者になった男 カルロス・ゴーン事件の真相』(ニック・コストフ&ショーン・マクレイン=著 長尾莉紗、黒河杏奈=訳)。2023年6月15日(木)に株式会社ハーパーコリンズ・ジャパンから刊行された話題の調査報道ノンフィクションの裏側を、著者の元上司でもあるウォール・ストリート・ジャーナル東京支局長のピーター・ランダース氏に聞きました。
『カリスマCEOから落ち武者になった男 カルロス・ゴーン事件の真相』ニック・コストフ&ショーン・マクレイン(ハーパーコリンズ・ジャパン刊)
https://www.amazon.co.jp/dp/4596775060
本書の読みどころ
- ゴーン逃亡でスクープを飛ばしたウォール・ストリート・ジャーナル東京/パリ支局の記者が共著者
- 日産、ルノー、ミシュランの現・元幹部ら100名以上の関係者、逃亡後のゴーン本人に取材を敢行
- 1000ページを超える未公開法律文書、監査報告書、取締役会議事録、メールや社内文書を徹底検証
- 出生地ブラジル⇒レバノン⇒フランス⇒米国⇒日本/フランス⇒レバノン(逃亡後)までその足跡をたどりながら知られざるゴーンの人物像を読むうちに、「なぜ事件が起きたのか?」の解像度がアップ
- 計画から実行まで、逃亡の一部始終を詳述
ウォール・ストリート・ジャーナル(以下WSJ)東京支局と、われわれハーパーコリンズ・ジャパンのオフィスは、実は同じフロアのお隣さん同士。そんなわけで、著者のひとりショーンさんのことはよくお見かけしたのですが、ショーンさんがロサンゼルスに異動されたとのことで、今回、上司にあたるWSJ東京支局長のピーター・ランダースさんに突撃取材を敢行。ここでしか明かせない秘話をうかがいます。
WSJ東京支局長ピーター・ランダース氏
逃亡から始まった出版計画
――2019年の年末、カルロス・ゴーン逃亡の報道が駆けめぐり、お正月明けに出社した時にオフィスでピーターさんとショーンさんとニュースについて立ち話したのを覚えています。それから数カ月して、北米のハーパーコリンズ本社から本書の企画を聞いたのですが、ピーターさんがショーンさんから最初に相談されたのはいつだったのでしょうか?
ショーンが休職したのは確か2020年の秋からだったと思います。企画を立ち上げたのは、20年の早い段階でしたね。
――休職ということは、記者が本を書くときの特別休暇制度があるんですか?
はい、WSJでは事件を取材した記者が書籍を執筆する場合、半年から1年ほど休んで専念することができます。産休や育休のように、制度として利用することが可能です。
――そう言われてみると、WSJの記者さんの本は過去にも多く出ていますよね。
ええ、最近だと、巨大企業GEの凋落を追った『GE帝国盛衰史 「最強企業」だった組織はどこで間違えたのか』(2022年7月刊、ダイヤモンド社)、血液検査のバイオベンチャー企業セラノスの不正をスクープした『BAD BLOOD シリコンバレー最大の捏造スキャンダル 全真相』(2021年2月刊、集英社)があります。
未邦訳では、WeWorkの創業者アダム・ニューマンを取材したThe Cult of We: WeWork, Adam Neumann, and the Great Startup DelusionもWSJの記者によるベストセラーです。WeWorkは一時は5兆円の価値があるとも言われていたスタートアップ企業で、ソフトバンクが出資し孫正義さんとも懇意だったことでも知られていますが、創業者のスキャンダルで一気に転落しましたよね。その一部始終が描かれていて面白いですよ。
少し古いところでは、ナビスコ社の買収劇を中心に80年代のM&Aブームを追った『野蛮な来訪者―RJRナビスコの陥落』(2017年10月新版、パンローリング)も時代を創ったWSJ記者の本のひとつです。
――企画は社内でどのように上がってくるんでしょうか?
企画そのものは著者と出版社で決めることですが、最終的に、執筆のために休職するだけの価値があるのかをニューヨーク本社の編集局長が判断して、GOサインを出します。
――ダメが出るケースも?
はい。本の出版価値はもちろん、著者となる記者自身がどれだけ評価されているかということも判断材料のひとつになります。
――今回のケースは?
事件の規模、さらにニックとショーンが2人とも有能な記者であること、その彼らの仕事を無駄にしてはいけないということで、私とパリ支局の局長も後押しし、本社のトップの許可が下りました。
時差を利用した取材リレー
――ニックさんとショーンさんは、ゴーンの取材で以前からタッグを組んでいたんでしょうか。
実際に顔を合わせたのは、2020年、逃亡直後にゴーンさんがレバノンで記者会見を開いたときのことでしたが、それ以前、彼の逮捕時から密にコミュニケーションをとって、記事も一緒に書いていましたね。
東京とパリでは8時間(※編集註:サマータイムは7時間)の時差がありますが、たとえばショーンが東京の午後4時にニック(パリは午前8時)に連絡したりして、その日の最新のネタを話し合ったりしていたようです。
著者ニック・コストフ氏(左)と、ショーン・マクレイン氏(右)
――時差を利用した取材リレーのようでもありますね。
ゴーン事件は東京支局にとってとても大きな事件だったと思いますが、ピーターさんご自身にとっては、どんなものだったのでしょうか。
いろいろな角度がありますが、私が興味を持ったのは日本の司法制度です。たとえば、弁護士の立ち会いのないなか、昼夜問わず何週間も取り調べて自白を引き出そうとするのは、日本ではさほど目新しい話ではないかもしれませんが、国際事件として注目されたのは今回がはじめてじゃないかなと。
ゴーンさんは自分の無罪を主張すると同時に、日本の司法制度そのものを相手に闘うような動きを見せていた。そういった意味でも、今回の件は私にとっては日本の司法制度への理解を深めるきっかけとなりました。
――本書についてはどう読みましたか?
この本はカルロス・ゴーンという人物のストーリーを中心に描かれています。そうした側面も、ゴーン事件を理解するうえでひじょうに面白かったです。
ブラジルで生まれ、レバノンで育ち、パリで教育を受け、アメリカで頭角を現して、日本で大企業のトップに上り詰め……という彼の半生は、経済紙で扱うには素晴らしい経歴でしたし、逮捕の前には本人と何度も会ったことがあります。ここ(大手町オフィス)でインタビューしたこともあるんですよ。
その頃のゴーンさんは、迫力があり、ひじょうに頭が切れる経営者で、尊敬に価する人物でした。その彼に何が起きたのか、悪いことをしたのか、それとも冤罪だったのか? それがこの事件の肝でもあると思うのですが、この本を読んで、祖父から息子の代までカルロス・ゴーンを取り巻くストーリーを読むうちに、彼の人となり、そして彼が途中でどのように変わったのかが見えてきます。
北米版”Boundless: The Rise, Fall, and Escape of Carlos Ghosn”(写真右)は2022年8月に刊行されるや、ワシントン・ポスト紙、カーカス・レビュー誌ほか各方面で絶賛された
――正直なところ、WSJは少々とっつきにくい高級経済紙というイメージだったのですが、そのWSJの記者さんがこれほど温度感のある、人にフォーカスした本を書くというのが意外でした。
数百ページの本を読んでもらうためには、人物本位であることは必要不可欠ですよね。
実際、WSJ紙面でも人物像を取り上げることは多いですよ。
つい先日も、著名投資家ジョージ・ソロスの後継者問題でスクープ記事を出しました。ソロス氏も90代となり、誰が事業を引き継ぐのか注目を集めていたのですが、5人いる子どものうち、まだ30代という若さのアレックス・ソロス氏が継承することに決まった。天才投資家として兆単位の富を築いたジョージ・ソロスは、なぜ彼を後継者に選んだのか、その背景を追った、まさに人物にフォーカスした記事でした。
――権力の座をめぐる骨肉の争いが、シェイクスピアの『リア王』さながらですよね。
ゴーン事件に話を戻すと、カルロス・ゴーンという人物には光に対して陰があった。しかしその陰が法的に罪に問われるものだったかどうかはまだ結論が出ていない、という印象でしょうか?
最初の逮捕容疑である有価証券報告書の虚偽記載は、共犯者とされたグレッグ・ケリー氏の公判で数々の証拠が提出され、一部について有罪判決が出たことで、一定の決着がついたとも言えますが、それ以外の件に関してはゴーンさんがレバノンにいる限り結論は出ないままでしょう。
この事件については、法的責任と道義的責任を別問題として見る必要があると思います。その両方を考えながら本を読んでもらうといいんじゃないかな。
法的に罪があるかどうかは専門家でないと難しいものの、道義的に問題があったか? それを判断できる十分な情報が書かれていますので。
――本書の後半で扱われている“オマーン・ルート”についてはいかがでしょう?
オマーン・ルートについては、逃亡によって日本での裁判の機会が失われてしまいました。もし彼がレバノンを出ることがあるのなら、この件について公判でどんな証拠が出てどんな証言がなされるかを見てみたいです。
なぜスクープが取れたのか?
――逃亡の一報が入ったときのことを教えてください。
経済部長に明け方、電話で起こされました、ゴーンが逃げてレバノンにいる、と。ニックのいるフランスがまだ夜で、彼がレバノンからの報道を受けて各方面に確認をとり、WSJとして一報を出したと思います。
――かなり驚きましたか?
実は、逃げる可能性があるとは、なんとなく思っていました。だから、どちらかというとそれを記事にしなかったことを、しまった!と悔やんだのを覚えています。
ただし飛行機ではなく船で逃げるのではと予想していました。実際、船の案も検討していたと聞いています。でも、船で日本を出国できたとして上陸したどこかの国からレバノンなりフランスに飛行機で移動しなければならない。それなら直接日本から飛行機で、という結論になったようです。
――なんと、船で逃げる計画もあったんですね! WSJは各国に支局があることもスクープを連発する強みになったのでしょうか?
そうですね、東京とパリもですが、逃亡の際の経由地だったトルコのイスタンブールに優秀な特派員がいて、逃亡時の箱の写真をどこよりも早く入手したのが、その人です。
――ニューヨーク本社からは、先ほど話に出た司法制度について掘り下げるようプレッシャーはあったんでしょうか?
ええ、拘置所がどんなところなのか、それこそ部屋の寸法を聞かれたり。
――やはり日米の制度にはかなり違いがある?
アメリカの制度にももちろん問題がありますが、一番大きな違いは裁判の前に長期間拘束され続けるかどうかです。ゴーン事件のような経済犯罪の場合、アメリカでは保釈金などによって、逮捕されても保釈されることが一般的なので。ニックとショーンは、本の中では司法制度にはあまり触れていませんが、この話題をとりあげるとなると、また別の1冊の本になりますからね。
――ところで邦題に使われている「落ち武者」という言葉については、どんな印象を持ちましたか?
ええと……落ち武者とはなんでしょう?
――その昔、戦に敗れて命からがら逃げ落ちた武将のことを指す言葉です。
同盟や敵対関係など、戦国時代さながらに再編がめまぐるしかった自動車業界において、あと少しで天下をとれる、世界一になれると思っていた日産・ルノーの“将軍”が逮捕され、箱に隠れて逃げ落ちるところからこの邦題をつけたんです。
それはぴったりですね。
将軍といえば、私の前任の東京支局長が書いた本のタイトルがまさに、SHADOW SHOGUNS(影の将軍): The Rise and Fall of Japan's Postwar Political Machineでした。田中角栄・竹下登・金丸信らを中心に、昭和の派閥政治、権力闘争を追った本です。著者で元同僚のジェイコブ・スレシンジャーが最近「米日財団」の代表理事に就任して再会し、ちょうどその話になったばかりでした。
――では、ピーターさんが本を書くとしたらどんなテーマに?
私があってもいいなと思うのが、日本の総合ガイドのような本です。
初めて日本を訪れる予定の人に、これ1冊を読んでおけば日本をある程度理解できるよ、というような本です。観光だけでなく、ビジネスマン向けに商習慣や企業文化を案内する内容にもニーズがあると思います。日本企業とアメリカ企業の違い、こういう時はこうする、という日本独自のビジネスルールなど。
――ロバート・ホワイティングの『菊とバット』の現代版のような?
そうです! 『菊とバット』は野球を通して日本社会を見るという作品でしたが、どちらかというと終戦直後に書かれたルース・ベネディクトの『菊と刀』の現代版に近いでしょうか。
――最近では、「ジャパン・パッシング」なんて言葉もありますが、まだそうした日本のガイドブックにニーズはあると?
ありますよ。年間3000万人が来日するとして、その一割が本を読むならね(笑)。1冊で日本を語りつくすのは難しいかもしれませんが、とくに経済を通して日本社会を見るテーマは面白いと思っています。
――経済のプロにして、在日21年というピーターさんの視点のジャパンガイド、読んでみたいです。その時は本書『カリスマCEOから落ち武者になった男 カルロス・ゴーン事件の真相』同様、ハーパーコリンズ・ジャパンからぜひ紹介させてもらえるよう、期待して待ちたいと思います。
大手町オフィスにて(聞き手:ハーパーコリンズ編集部 小野寺志穂)
【書誌情報】
『カリスマCEOから落ち武者になった男 カルロス・ゴーン事件の真相』
著者:ニック・コストフ&ショーン・マクレイン / 訳者:長尾莉紗、黒河杏奈
2023年6月15日発売 ハーパーコリンズ・ジャパン刊
定価本体2400円+税 ISBN978-4-596-77506-1
四六判ソフトカバー・368ページ
Amazon商品ページ:https://www.amazon.co.jp/dp/4596775060
【著者紹介】
ニック・コストフ(Nick Kostov)
2015年からウォール・ストリート・ジャーナル、パリ支局の記者としてビジネスや金融ニュースを担当。欧州の大企業のスクープを報じてきた。ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン卒、パリ在住。
ショーン・マクレイン(Sean McLain)
2016年からウォール・ストリート・ジャーナル、東京支局の記者としてトヨタ、ホンダ、日産など大手自動車会社を担当。セント・ジョンズ・カレッジ
(メリーランド州アナポリス)卒、現在はLA在住。
【参考URL】
ウォール・ストリート・ジャーナル
『GE帝国盛衰史 「最強企業」だった組織はどこで間違えたのか』
https://www.amazon.co.jp/dp/4478115249
『BAD BLOOD シリコンバレー最大の捏造スキャンダル 全真相』
https://www.amazon.co.jp/dp/4087861260
The Cult of We: WeWork, Adam Neumann, and the Great Startup Delusion
https://www.amazon.com/dp/0593237137
『野蛮な来訪者―RJRナビスコの陥落』
https://www.amazon.co.jp/dp/4775972235
SHADOW SHOGUNS: The Rise and Fall of Japan's Postwar Political Machine
https://www.amazon.co.jp/dp/0684811588
『菊とバット』
https://www.amazon.co.jp/dp/4167309173
『菊と刀』