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2024年秋のパリコレに向けて走り続けるオーダーメイドバレエ衣装ブランドの開業ストーリー

(PR TIMES STORY) 2023年11月02日(木)10時09分配信 PR TIMES

バレエ衣装のオーダーメイドを手掛けるJardin des Costumes(ジャルダン デ コスチューム)は「バレエの未来をデザインする」という事業ビジョンの下、バレエ衣装製作の他、服飾専門学校や衣装講座での後進指導、ALLリサイクル素材を使ったバレエ用リハーサルスカートの販売など、クラシックバレエをフックに、固定概念に囚われず、企画力を活かした事業展開を進めております。

2022年9月11日に創業し、2023年8月4日には初の定番商品である「地球の未来を考えたリハーサルスカート」のプレスリリースを配信するなど、代表の木村章子が持つスキルを活かし、広報活動にも注力しています。


しかし、なぜニッチの中のニッチとも言える「バレエ衣装」で開業したのか、その経緯からお話ししたいと思います。


きっかけは中学時代の「いつか自分でこんな衣装を作りたい」という思い


代表木村は小学3年生からクラシックバレエを習い始めました。最初は地元の小さな教室で、中学生になると毎週末、大阪市内の本部教室まで通うようになり、フェスティバルホールや旧厚生年金会館(現オリックス劇場)のような大ホールでの全幕作品に出演するまでに。しかしながら、踊りの才能は無く、体型的にも恵まれなかったことから、自他ともに認める「下手の横好き」状態。


ただ、舞台のたびにバレエ団から貸していただく衣装には人一倍こだわり、自分なりに「いかに動きやすく、かつ綺麗に見えるか」を考えて着用し、「いつか自分で作れるようになったら、こんな衣装がいいな」とデザイン画をノートに描いたりする学生時代でした。



大学を卒業する頃には「ダンサーになる」という選択肢はもちろん無く、バブル崩壊後の就職氷河期ながら、なんとか某通販会社に就職が決まり、社会人生活がスタート。


バレエも辞めなかったものの、さすがに月謝制の教室は辛くなり、チケット制のオープンスタジオへ移籍。そこでは、公演に出演する場合、衣装を自分で用意する必要があったことから、「じゃあ自分で作ってみるか」と、初めて衣装を作ってみました。


見様見真似の自己流で作ったにも関わらず、そこそこのレベルのものが出来上がったのは、中学時代からこだわりを持って衣装を研究し、周りから「そんなに下手なのになんでバレエ続けてるの?」と言われながらも辞めなかった粘り強さの結晶だと今では思います。

衣装製作を始めて10年、やっとファッション専門学校に通い始める


最初に作った衣装の出来映えと製作過程の楽しさに目覚め、その後も1年に1着〜2着ペースで自分の衣装を作るように。そのうち、友人や知人の衣装も作らせてもらうようになり衣装製作を始めて10年経ったころ、家の近くにあったエスモード大阪校の土曜日クラスに通うことにしました。


子どもの頃からミシンで何か作ったりすることは好きでしたが、洋裁、特にパターン(型紙)を引くことに関しては全くの素人。そのため、衣装を作れば作るほどパターン制作の知識が大切だと気付き、一度学校できちんと学ぼう、となったわけですが、なにせ、10年間もバレエ衣装を作ってきたスキルは、その世界を知らない人たちにとってはものすごい衝撃だったようで、学校の先生にすら「なぜそこまで作れるのに、この学校に来たの?」と言われるほどでした。


エスモードでの充実した2年間を終え少し自信を付けた頃、ふつふつと「衣装製作を本業にしたいなぁ」という思いが芽生え、さらなるスキルアップを目指し、東京の文化服装学院にも週末や夏休みを利用して勉強に行き始めました。しかし、最も学びたい「バレエ衣装製作講座」は人気がありすぎて、受講を申し込んでもなかなか空きができず、やっと門戸が開いたのが2018年。


待ちに待っての受講、そして、大阪から東京まで、新幹線でほぼ毎週通学するための費用や時間も相まって、「1秒たりとも見逃すまい、聞き逃すまい」と毎回の授業を200%満喫。合計5着製作し、凝縮された1年間を過ごしました。


衣装製作に時間が取れない中、起業プログラムに参加して一念発起


文化服装学院で学んだことでさらに自信を付け、ますます「衣装製作を仕事にしたい」という気持ちが膨らんだものの、それだけで食べていけるような収入が得られる仕事ではなく、相変わらずサラリーマンをしながらの二足草鞋生活。そうこうしているうちに、勤務先の業績悪化から希望退職による人員削減が行われ、本業の比重が増加。衣装製作の時間が割かれてしまう事態に。


ストレスが溜まるばかりの日々を過ごすものの、これではいけないと「創業チャレンジゼミ」という起業支援プログラムに参加。そこで初めて自分の甘さに気付き、一念発起。「どうしたら自分の本当にやりたいことが実現できるのか」をイチから考え直し、今できることを片っ端からやってみることに。


サラリーマンを辞め、非常勤講師としてバレエ衣装製作を教えることに


会いたい人や会うべき人にアポイントを取り、とにかく話だけでもしてみる。そんなことを繰り返していた頃、1年ほど前から空き教室をお借りして衣装製作講座をさせていただいていた学校から、「非常勤講師としてバレエ衣装製作を学生に教えてもらえませんか?」というお話が!!


願ってもないことと驚きつつ、いただいたお電話口で講師になることを即決。そして、片手間で学校の先生ができるわけもなく、サラリーマンを辞めることも即決。やっと、自分のやりたいことに少し近付くことができた瞬間でした。


その半年後、26年務めた会社を退職。コロナ禍で出社がままならず、オンラインでしかご挨拶ができない方々もたくさんいたことは心残りではありますが、いつか大きく輝ける日が来れば、おそらく気付いてもらえるはず。そう思って長年お世話になった会社を後にしました。


2022年9月に開業届を出し、バレエ衣装のオーダーメイド、服飾専門学校の非常勤講師、自ら主催する衣装製作講座の運営、新しい事業展開に向けての企画、ブランドロゴ製作やHPリニューアルなど、退職後の数か月は「これ以上やったら倒れるかも…」と思うほどギリギリのタイムスケジュールで活動。ふと気付くと新しい年が明けていました。


世界5大ファッションウィークへの誘い。憧れのパリでショーをすることに!


時間に追われる日々を送っていた2月、とあるエージェントから1本のメールが届きました。そこには「あなたのInstagramとHPを拝見しました。オートクチュール並みの手仕事で製作された唯一無二の作品を、世界に向けてぜひ紹介したいと思います。世界5大ファッションウィークでショーをやってみませんか」と。

一瞬、「新手の詐欺か?!」と思ったものの、まぁ一度くらい話を聞いてみてもいいか、と思い、zoomミーティングに参加。


すると、スパムメールでも詐欺でもなく、私の作品をきちんと見てくださっていることも分かり、「世界5大ファッションウィークならパリがいいです。なぜなら、パリ・オペラ座のダンサーの衣装を作ることが目標の1つだから」と言う私の言葉に、「ぜひその目標を実現するお手伝いをさせてください!」と画面越しでも誠実さが伝わってくる言葉と姿勢に、3月初旬には、来秋のパリでショーをすることを決めていました。


2024年秋のパリコレとその後の海外展開を見据えて走り続ける


そこから、生活は一変。2024年秋のパリコレと、その後の海外での仕事につなげるために今何をすべきか、が最優先事項に。

26年のサラリーマン生活で鍛えた企画力を存分に発揮し、ショーの企画はもちろん、その前後でいかに話題を作って次の仕事につなげるかを、走りながら考えています。


自分の足で動くことで周りの状況が驚くほど変わり、単なる想像でしかなかった「夢」が、実現できるかもしれない「目標」に変わる。それを自分の手で引き寄せることができる。これほど体感する時期は人生の中でも今しかないのでは、と思います。


まだまだ進化の途中。いつまでも初心を忘れず、協力してくれる人たちと環境への感謝を常に心の中心に置きながら、まずはパリでのランウェイショーの成功を目指して精進してまいります。



Jardin des Costumes (ジャルダン デ コスチューム)

HP:https://jardin-des-costumes.com/

Instagram:https://www.instagram.com/jardindescostumes/

【事業内容】

・バレエ衣装オーダーメイド

・バレエ衣装製作講座&研究所

・服飾専門学校非常勤講師

・オリジナルバレエ用品の開発・販売

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