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国立大学法人千葉大学

突然変異率の上昇は植物の多様化の土台になる!

(PR TIMES) 2022年01月21日(金)13時15分配信 PR TIMES

激流で生き抜く水生植物カワゴケソウ科の進化の基盤

 千葉大学大学院理学研究院の片山なつ研究員(日本学術振興会特別研究員:RPD)は、金沢大学疾患モデル総合研究センターの西山智明助教、大阪市立大学大学院理学研究科(附属植物園)の厚井聡准教授らと共同で、河川の激流という過酷な環境へ適応した植物である水生植物カワゴケソウ科において、突然変異(注1)が生じるスピード(突然変異率)が、激流環境に進出したタイミング(科の起源の時期)とその後に特殊形態を獲得したタイミング(科内で多様化が始まった時期)で上昇していたことを明らかにしました。
 本研究で初めて、野生の植物の歴史の中で、突然変異率の上昇が植物の重要な進化イベントと関連することが具体的に示されました。
 この研究成果は、シュプリンガー・ネイチャー社発行のオープンアクセス誌 “Communications Biology” に2022年1月20日に掲載されました。


研究の背景

 水生被子植物のカワゴケソウ科は、他の植物が生育することができない河川の早瀬や滝などの激流環境にのみ生育します(図1左)。日本では国や県の天然記念物に指定されているほど希少な植物ですが、分布の中心である熱帯亜熱帯域ではごく普通に見られ、魚の餌となるなど河川生態系に重要な役割を果たしています。世界で300種以上が知られており、水生植物の中で最も大きな分類群です。このように、カワゴケソウ科は他の植物が進出できなかった環境へ進出し、多様化を遂げた植物なのです。
 また、カワゴケソウ科はとてもユニークな形態を獲得しています(図1中央)。普通、被子植物(注2)は、土の中に根を張り、地上部では茎の先端にある茎頂分裂組織が葉を形成しながら一生を通じて成長し、最終的に花をつけるという鉛直(上下)軸の植物体をもちます(図1右)。しかし、これでは激流中では流されてしまいます。そこで、カワゴケソウ科は、根が岩のうえを這い、根から生じた茎頂分裂組織自体がすぐに葉になってしまうという短命なシュート(注3)を作ることで、水平方向に成長する植物体を手に入れました(図1右)。
 これまでに、カワゴケソウ科の進化の歴史の中には、2回の大きな進化イベントがあったことがわかっていました。1つ目は陸上から河川の激流環境への進出(科の起源)、2つ目は短命シュートの進化(科内の多様化のきっかけ)です。これら2度の進化イベントが起こったきっかけや原因は何であるのか、そうした背景を解明したいと考え、本研究がスタートしました。
[画像1: https://prtimes.jp/i/15177/559/resize/d15177-559-859a00b52a324e14f7a6-2.png ]



研究の成果

 研究チームは、DNA(注4)の進化速度(注5)に注目し、カワゴケソウ科植物8種と比較対象の近縁種2種の遺伝子配列情報を網羅的に取得し、1,640遺伝子について解析を行いました。その結果、カワゴケソウ科の歴史の中で進化速度が2回上昇していたことがわかりました(図2)。1回目は川へ進出しカワゴケソウ科が起源したタイミングで、2回目は劇的な形態の進化が起き、多様化が始まったタイミングです。どちらのタイミングでも、98%以上の遺伝子の進化速度が速くなっていて、1回目で2.4倍、2回目でさらに2.3倍の速度上昇が検出されました(図3)。
 今回の解析では、アミノ酸配列を変えない変化に限っても進化速度が上昇していることから、突然変異率が上昇していたと結論づけました。また、1回目の速度上昇のタイミングで、紫外線を原因とするDNAの変異傾向と一致する変異傾向があったと推定されました。このことは、河川という強い日差しが降り注ぐ環境へ進出したことで突然変異が増加したという仮説に適合します。2回目のタイミングについては、短命シュートを獲得した段階で、従来の茎頂分裂組織の維持システムを喪失しています。植物の茎頂分裂組織の中心には分裂頻度の低い細胞群があり、最終的に花を形成するまで、細胞分裂時のDNA突然変異の蓄積を回避していると考えられています。このことから、茎頂分裂組織の維持システムの変更により、細胞分裂時の複製エラーが蓄積し、突然変異が増加した可能性が考えられます。
 さらに、機能変更を伴う進化を経験した遺伝子を探索したところ、DNA修復を担う遺伝子が複数検出されました。DNA修復遺伝子は、損傷したDNAの修復を行う一方で、塩基置換を許容するような進化(DNA損傷耐性の獲得)が起こることも知られており、DNA損傷耐性によりさらに突然変異率が上昇した可能性も示唆されました。

[画像2: https://prtimes.jp/i/15177/559/resize/d15177-559-5139acc334ce5ffa4303-0.png ]



[画像3: https://prtimes.jp/i/15177/559/resize/d15177-559-192f3c82a9dc4cf3d29a-1.png ]




今後の展望

 本研究は、突然変異率の上昇と植物の重要な進化イベントを結びつけることができた初めての報告です。カワゴケソウ科の歴史において、過酷な環境下での自然選択により形態が進化してきただけでなく、突然変異率が上昇することで、遺伝的な変異の供給が増え、進化の幅が広がったことが多様化の土台となったと考えられます。突然変異の上昇と進化イベントの関係については、進化の歴史の中で両者が互いに影響し合ってきたことが想定されます。今後、さらに変異率上昇の原因を探究していくことで、野生生物で実際に起こった進化の中で突然変異率上昇が果たす役割に迫っていくことができると考えています。


論文情報

雑誌名:Communications Biology(コミュニケーションズ・バイオロジー)
掲載日時:2022年1月20日19時[日本時間]
論文タイトル:Elevated mutation rates underlie the evolution of the aquatic plant family Podostemaceae
著者:Katayama N, Koi S, Sassa A, Kurata T, Imaichi R, Kato M, Nishiyama T.
DOI:https://doi.org/10.1038/s42003-022-03003-w

研究サポート

 この研究は、科学研究費補助金(13J03136,18J40090,25291091)、日本学術振興会特別研究員制度、基礎生物学研究所生物機能解析センター情報管理解析室、奈良先端科学技術大学院大学植物グローバル教育プロジェクトなどの支援を受けて行われました。


用語解説

(注1)突然変異:紫外線などの外的要因や細胞分裂時のDNA複製エラーなどにより、まれに起こる塩基配列の変化のことを言います。突然変異が起こると遺伝子の情報が書き換えられ、細胞のがん化など生命機能が脅かされることが多いのですが、その反面、変異が環境に有利な影響をもつ場合もあるため、突然変異は進化に欠かせない遺伝的な変異の供給源ともなり得るのです。突然変異率は、生物の生息環境や細胞分裂頻度によって変わり、その違いは生物の進化に影響を及ぼす可能性があります。
突然変異には、アミノ酸を置換させる変異と置換させない変異があり、置換させる変異には自然選択が働きやすく、有利な突然変異が残り不利な突然変異は排除されがちです。このため、新たな環境に移り自然選択を受けることで遺伝子の進化速度が上昇するということが想定されます。一方、置換させない変異は自然選択がほとんど働かないため、自然選択に中立な変異となり、その速度は突然変異率にほぼ等しくなると考えられています。
(注2)被子植物:植物の中でも派生的な花を咲かせる植物のことです。カワゴケソウ科は、名前も見た目もコケ植物のようですが、被子植物であり、一般的な被子植物の体制から進化してきたことがわかっています。
(注3)シュート:植物の地上部をかたちづくる「茎とその茎につく葉」のまとまりのことです。多くの被子植物では、茎頂分裂組織が葉と茎を形成しながら、シュートが一生を通じてどんどん成長し、植物体地上部(たくさんのシュートの集まりでシュート系と呼ぶ)が形成されます。一方で、カワゴケソウ科では、茎頂分裂組織の成長が早くに止まってしまうため、短命なシュートが形成されます。
(注4)DNA:生物の遺伝情報を担う物質であり、DNAの中には、ATGCの4種類の塩基があり、DNAに含まれる塩基の並び順(塩基配列)によって、タンパク質を構成するアミノ酸の配列が決まります。この配列情報は生殖細胞を通じて親から子へと伝わります。
(注5)進化速度:どのくらい進化したかを表す進化距離(配列情報に注目するときは1塩基あたりの置換数など)を時間あたりにしたものです。例えば、1000塩基でできた遺伝子が、ある祖先の塩基配列から10回の塩基置換が生じていれば0.01 substitutions/site、1回ならば0.001substitutions/siteの進化距離となり、同じ時間経過であることから前者の方を進化速度が速いと判断します。



プレスリリース提供:PR TIMES

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