プレスリリース
〜 超早期診断および甲状腺機能低下を標的とした治療開発を切り拓く〜
順天堂大学大学院医学研究科神経学講座の宮本健吾大学院生、斉木臣二先任准教授、服部信孝教授らの研究グループは、パーキンソン病(*1)患者初期において病気の進行予測の鍵となる、パーキンソン病の新たな臓器連関(*2)機構として「自律神経系-甲状腺-肝臓」の繋がりを発見しました。今回我々は、パーキンソン病患者において、甲状腺交感神経の脱落、それに伴う甲状腺機能の低下、甲状腺ホルモン分泌低下による肝臓を主体とする脂肪酸β酸化機能(*3)の障害を、核医学検査や血液を用いた統合マルチオミクス解析(*4)を駆使し明らかにしました。本研究成果はパーキンソン病患者初期に「自律神経系-甲状腺-肝臓」の機能が変化することを初めて示した画期的な成果で、超早期診断および甲状腺機能低下を標的とした治療開発を切り拓く可能性を秘めています。本成果は、米国神経学会誌「Annals of Neurology」のオンライン版で公開されました。
本研究成果のポイント
パーキンソン病患者の交感神経を介した病態進展様式を解明
パーキンソン病患者の自律神経系–甲状腺–肝連関の病的変化を発見
自律神経障害や甲状腺機能低下がパーキンソン病超早期診断・患者層別化のバイオマーカーに
背景
パーキンソン病は有病率が10万人あたり140人に上るわが国で2番目に多い神経変性疾患で、その症状は運動症状(手足・首が震える、手足がこわばる)と非運動症状(便秘、頻尿、起立性調節障害等)に大別されます。運動症状は中脳黒質におけるドパミン神経細胞の脱落が原因である一方、非運動症状の多くは末梢自律神経障害に基づくと考えられており、運動症状発症前から生じると考えられています。
パーキンソン病発症や進行メカニズムの解明は、超早期診断や患者層別化による最適な治療法の選択、新たな治療薬の開発に繋がるため極めて重要です。また、パーキンソン病は脳だけでなく、脳-腸連関といった多臓器連関が病気の理解に重要であると考えられていますが、その全容はほとんど明らかになっていません。研究グループは、前臨床期〜早期に特徴的な非運動症状に基づく多臓器連関を解明することが、パーキンソン病を理解する鍵であると考え、研究を開始しました。
内容
まず、パーキンソン病患者(1158名)、非パーキンソン病患者(67名:健常人29名、薬剤性パーキンソニズム18名、本態性振戦20名)における交感神経障害を123I-MIBG心筋シンチグラフィー(*5)により評価しました。パーキンソン病では心臓交感神経の脱落により、心臓でのMIBG取り込みが低下することが知られていますが、今回、パーキンソン病患者において、甲状腺でのMIBG取り込みも低下することを見出しました (図表1A, B)。これは、甲状腺を制御する交感神経の脱落を示します。
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約60%のパーキンソン病患者は初期に腸から自律神経系を介して脳へ進展するとされているため、早期パーキンソン病患者を便秘の有無(腸を発症の起点とするか)で層別化しました。その結果、便秘有りの早期パーキンソン病患者のみ甲状腺でのMIBG取り込み低下を生じ(図表1C)、その取り込み量は心臓でのMIBG取り込み量と相関することが分かりました。すなわち、交感神経系の障害が心臓、甲状腺と徐々に進展していることを示唆しています。また、便秘有りの早期パーキンソン病患者では甲状腺でのMIBG取り込み量と黒質ドパミン神経密度が相関することを見出しました。以上のことから、パーキンソン病初期では腸から交感神経を介し脳に向かって徐々に病気が進展し、黒質ドパミン神経脱落を生じることで運動症状が発症すると考えられます(図表2)。
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次に、交感神経脱落による甲状腺機能低下が、パーキンソン病患者に対しどのように作用するか、de novo パーキンソン病患者(パーキンソン病薬未投薬患者)に対し血漿メタボローム解析と血清エクソソーム miRNA(*6) 解析を実施しました。メタボローム解析の結果、患者血漿中の甲状腺ホルモン(サイロキシン)の減少、脂肪酸β酸化機能の低下(長鎖アシルカルニチンの減少、長鎖脂肪酸の増加)を見出しました(図表3A)。さらに、血漿中のサイロキシン量と長鎖アシルカルニチン量が相関することから、パーキンソン病患者の脂肪酸β酸化の障害は甲状腺ホルモン分泌量の低下が原因の一つであることが示唆されました(図表3B)。また、血清エクソソームmiRNA解析の結果、脂肪酸β酸化や甲状腺ホルモンに関与する代謝経路の変化が示唆されました。
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最後に、これらの網羅的解析を統合したマルチオミクス解析を行った結果、Peroxisome proliferator-activated receptor alpha (PPARα)経路の異常が特定されました(図表4)。また、ヒト細胞を用いた実験により、肝細胞において、甲状腺ホルモンはPPARαを介し、脂肪酸β酸化を調節していることが確認されました。すなわち、パーキンソン病患者ではPPARα経路を軸とする甲状腺-肝連関の障害が生じていると考えられます(図表2)。
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今後の展開
本成果によりパーキンソン病患者初期に起こる自律神経系-甲状腺-肝連関が発見されたことで、パーキンソン病発症・進行メカニズムの理解が進むことが期待されます。また、自律神経症状や甲状腺ホルモン量等は、病態に即したパーキンソン病超早期におけるバイオマーカーとして有用であると考えられ、前臨床期・前駆症状期における発症前診断に繋がり、ひいては先制医療(*7)開発の一助となるものと考えられます。さらに、甲状腺モルモン作用の低下は、内閣府ムーンショット型研究で対象としている「認知症への進行」に寄与している可能性が考えられます。研究グループでは、自律神経系-甲状腺-肝連関がパーキンソン病における黒質ドパミン神経に与える影響について解明することで、甲状腺機能低下等を標的とした新たな治療法の開発を目指しています。
内閣府ムーンショット型研究開発事業 高橋良輔プロジェクトマネージャーのコメント
本プロジェクトでは認知症を発症前に予測し、予防可能とすることを目指しています。そのためには脳と全身臓器ネットワークの機能とその破綻を分子レベルで解明することが重要です。本研究では、パーキンソン病ひいてはパーキンソン病関連認知症で初期から障害される自律神経を起点とした内分泌変化の特定に成功しました。本研究成果は、本プロジェクトを通じた認知症発症前予測だけでなく、その先の介入と予防に繋がる重要な成果であると考えています。
用語解説
*1 パーキンソン病: 進行性の中脳黒質神経細胞脱落を特徴とする神経変性疾患で、わが国の患者数は14万人とされる。高齢になるほど発症率が高まるため、2030年には全世界で1400万人が罹患すると予測されている。
*2 臓器連関: 従来の個別臓器に限定した疾患理解ではなく、相互に作用し合う全身臓器の連関に基づく疾患研究が重要であると、近年注目されている。パーキンソン病では脳-腸連関が知られている。
*3 脂肪酸β酸化: ミトコンドリアマトリックスにて行われるアシルCoAからアセチルCoAを連続的に切り出す一連の生化学的反応。炭素数22以下の脂肪酸はアシルCoAに変換されるが、これはミトコンドリア外膜を通過できないため、一旦アシルカルニチンとされ、各酵素の働きを経てミトコンドリアマトリックスにて再びアシルCoAとなり、本酸化過程を受ける。
*4 統合マルチオミクス解析: メタボロームやトランスクリプトーム等のオミクスデータを統合し、多階層(マルチ)オミクスデータを複合的に解析することで、各オミクス解析よりも複雑な生命現象を解明できる手法。
*5 123I-MIBG心筋シンチグラフィー: 123I-メタヨードベンジルグアニジン(MIBG)は放射性標識されたノルエピネフリン様物質であり、ノルエピネフリンと同様に交感神経に取り込まれる。123I-MIBG 心筋シンチグラフィはパーキンソン病の鑑別診断法として用いられ、パーキンソン病では心臓での MIBG 取り込みが低下することが知られている。
*6 エクソソーム miRNA: エクソソームとは細胞から分泌される直径50-150 nm 小胞であり、miRNAやmRNA等の核酸やタンパク等を内包している。エクソソーム中のmiRNA は、分泌した細胞近傍にある細胞や、血流にのって遠隔地の臓器の細胞に取り込まれ、標的遺伝子の発現を抑制する。
*7 先制医療: Preemptive medicineの訳出語。ある疾患を発症し診断される前の段階で、種々の検査・バイオマーカーを根拠とし、将来発症するであろうその疾患の治療介入するという予防医療のこと。
原著論文
本研究成果は、米国神経学会誌の「Annals of Neurology」誌のオンライン版(日本時間2022年9月22日)
リンク先: https://onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1002/ana.25516
英文タイトル:Systemic metabolic alteration dependent on the thyroid-liver axis in early PD
日本語訳: パーキンソン病初期に甲状腺-肝連関が変化する
著者:Kengo Miyamoto, Shinji Saiki, Hirotaka Matsumoto, Ayami Suzuki, Yuri Yamashita, Tatou Iseki, Shin-Ichi Ueno, Kenta Shiina, Tetsushi Kataura, Koji Kamagata, Yoko Imamichi, Yukiko Sasazawa, Motoki Fujimaki, Wado Akamatsu, Nobutaka Hattori.
著者(日本語表記): 宮本健吾1, 斉木臣二1, 松本拡高2,3, 鈴木絢未1, 山下由莉1,4, 井関賛1, 上野真一1, 椎名健太1, 片浦哲志1, 鎌形康司5, 今道洋子1, 吉川(笹澤)有紀子6, 藤巻基紀1, 赤松和土7, 服部信孝1
所属: 1順天堂大学大学院医学研究科神経学、2長崎大学情報データ科学部、3理化学研究所革新知能統合研究センター、4順天堂大学大学院医学研究科老化・疾患生体制御学、5順天堂大学大学院医学研究科放射線診断学、6順天堂大学老人性疾患病態・治療研究センター、7順天堂大学大学院医学研究科ゲノム・再生医療センター
DOI: 10.1002/ana.25516.
本研究は、文部科学省私立大学戦略的研究基盤形成支援事業、JSPS科研費(研究代表者:斉木臣二: JP18H02744, JP18KT0027, 22H02986、22K19512)と共に、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の「戦略的国際脳科学研究推進プログラム(国際脳)」における研究開発課題「MAO-B阻害薬rasagilineによるパーキンソン病治療効果と神経回路変化についての研究」(研究開発代表者:服部信孝)、内閣府ムーンショット型研究「臓器連関の包括的理解に基づく認知症関連疾患の克服に向けて」(高橋良輔プロジェクトマネージャー、服部信孝研究統括)による支援を受けて行われました。また、本研究に協力頂きました患者さんのご厚意に深謝いたします。
プレスリリース提供:PR TIMES