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高齢者の認知機能を支える脳のハブ構造

(PR TIMES) 2023年04月18日(火)13時45分配信 PR TIMES

何もしていない時の前頭野の神経ネットワークが関与


学校法人 千葉工業大学 大学院 情報科学研究科 修士課程 戸部真弓菜(2022年度修了)、同 情報科学部 情報工学科(教授)/ 国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所児童・予防精神医学研究部(客員研究員) 信川創、国立大学法人 金沢大学 医薬保健研究域医学系 精神行動科学 水上喜美子 助教、国立大学法人 福井大学 医学系部門 看護学領域 川口めぐみ 講師、医療法人社団 青樹会 清和病院 東間 正人 医長、明石こころのホスピタル 田中悠二、学校法人 大阪成蹊学園 大阪成蹊大学 データサイエンス学部 山西輝也 教授、国立大学法人 金沢大学 医薬保健研究域 医学系/子どものこころの発達研究センター(協力研究員)/ 国立大学法人 福井大学 学術研究院医学系部門(客員准教授)/ 魚津神経サナトリウム(副院長)高橋哲也は、福井県永平寺町において行われた健常な高齢者に対する大規模な認知機能検査と安静覚醒閉眼時(ベッドに仰向けで仰臥し、起きたまま眼を閉じている状態)の脳波データの調査から、高い認知機能を維持する高齢者では前頭野の神経ネットワークにおけるハブ性(情報の集約と発信を担うネットワーク構造特性)が強くなっていることを明らかにしました。

年を重ねても高い認知機能を保持して活発に生活されている高齢者は、この前頭葉におけるハブ性の高さ によって脳の活動が支えられているかもしれません。また、このハブ構造を広く医療やヘルスケア方面でも 幅広く利用される脳波によって捉えたことから、本研究の成果は高齢者の認知機能に関わる脳機能を客観的 に推定する上で大きく貢献することが期待されます。なお、この成果は、スイスに本部を置く科学、工学、 医学についての出版社である Frontiers Media SAの査読付き学術雑誌である Frontiers in Aging Neuroscienceにて 発表されました。

■研究の背景
近年の目覚ましい脳機能計測とその解析技術の進歩によって、
[画像1: https://prtimes.jp/i/42635/41/resize/d42635-41-3765d954c5c670ea3794-0.jpg ]

脳は各脳領域が巧みに連携しあった機能的ネットワーク(用語説明2)の下で活動していることが明らかになっています。興味深いことに、特定の脳活動を行っていない安静状態においても機能的ネットワークは活発であり、複雑ネットワーク性(用語説明1)と呼ばれる特徴的なネットワーク構造によって記述されることが知られています。中でもハブ構造は、脳内の情報伝達の集約・中継・発信を担うことから、様々な脳機能特性を反映することが指摘されています[1-3]。


ものごとを正しく理解して適切に実行するための認知機能は、加齢の過程において衰えていきます。一方で、年を重ねても高い認知機能を維持される高齢者の方々もいらっしゃることから、加齢においても認知機能を維持する機構が存在しているのかもしれません。
我々は今回の研究において、“ハブ構造は高齢者における認知機能の維持に重要な役割を担う”という仮説の下で研究を行いました。

■研究内容
このような中で、福井大学医学部を中心とする研究グループは、福井県永平寺町において健康な高齢者を199名リクルートし、健康調査とファイブ・コグ(用語説明3)とよばれる「運動」「記憶」「注意」「視空間認知」「言語」「思考」の6領域にわたる広域的な脳機能を計測する認知機能検査[4]、さらに安静閉眼時の脳波計測を実施しました。その中で、投薬治療などを
[画像2: https://prtimes.jp/i/42635/41/resize/d42635-41-ba91f61505b6abd328e4-1.jpg ]

行なっておらず、肥満や高血圧を有さない65から74歳の38名の健常高齢者を対象としました。千葉工業大学の戸部と信川らを中心とする研究グループは、計測された脳波データに対して、Phase Lag Index (PLI)と呼ばれる脳領域間の機能的な結合度合いを評価する指標を用いて機能的ネットワークを推定しました。その結果、機能的結合の強度と認知機能との関連性は認められませんでした。一方、ハブ性を評価する媒介中心性(betweenness centrality: BC)解析では、前頭野におけるBCが認知機能と正の相関関係を示すことが明らかになりました(右図)。前頭野は各脳領域間の神経活動を制御する役割(トップダウン制御[5])を担っており、高いハブ性はこのトップダウン制御と関連しているかもしれません。従って本研究で得られた結果は、高齢者脳における前頭野の高い情報の集約・発信・中継機能は、適切なトップダウン制御を介した、認知機能の維持に寄与する可能性を示唆しています。

■今後の展望
高齢者が高い水準で認知機能を維持することは精神的幸福向上(well-being)につながります。逆に脳機能の低下は、生活の質(Quality of life:QOL)を低下させ、さらに医療介護といった社会的負担の増加に繋がります。従って超高齢社会にある我が国において高齢者が生きがいをもって幸せに暮す社会の実現には、認知機能低下を防ぐ早期の効果的な予防的介入が大きな課題となっています。しかしその介入は画一的なものではなく、高齢者毎の脳機能および認知機能特性に合わせたテーラメイドなものであることが望ましいとされています。しかし、脳機能を生体情報から客観的かつ定量的に推定する生物学的な指標は確立されていないのが現状です。
認知機能に関わる機能的ネットワークの特性を、臨床的汎用性の高い脳波により同定する本研究の成果は、高齢者の認知機能推定を実現する生物学的指標の確立に寄与すると考えられます。将来的に、個々の高齢者の認知機能に合わせた適切な介入が実施されることで高い認知機能が保持され、超高齢社会においてもだれもが幸福に暮らせる社会の実現に寄与していくものと期待されます。
■用語説明
1) 複雑ネットワーク性
システムを構成する要素をノードとし、ノード間の関係性をエッジとして、ネットワークを定義します。多数の要素が互いに相互作用を起こすシステムは、このネットワークのアプローチによってその性質を解析することができます。複雑ネットワーク性とは、実際に存在するネットワークの性質のことで、「スモールワールド性」「ハブ性」「スケールフリー性」など多くの性質が報告されています。今回の研究では、脳の活動領野をノードとして、機能的結合をエッジとすることで機能的ネットワークを定義し、そのハブ性の評価を行いました。
2) 機能的結合解析
脳における神経ネットワークは、各領野がシナプスや白質でお互いに複雑に繋がっています。このネットワークのことを構造的な神経ネットワークと呼びます。一方、各領野がどの程度同期して活動しているかで機能的な領野間の繋がりがわかります。この機能的な繋がりを機能的結合、そして機能的結合で構成されたネットワークのことを機能的な神経ネットワークと呼びます。機能的結合の評価には、同期を評価するものや情報流を評価するものまで多くの評価手法が存在します。
3) ファイブ・コグ
ファイブ・コグとは、筑波大学精神医学と東京都健康長寿医療センター研究所 (東京都老人総合研究所)によって開発された、65歳以上を対象とした高齢者の認知機能を評価することができる、高齢者集団用認知検査です。課題提示はビデオを通じて一斉に参加者に行われ、質問紙に鉛筆で回答する形式を取ります。
■参考文献
[1] Liu、 Zhiliang, et al. "Changes in topological organization of functional PET brain network with normal aging." PLoS One 9.2 (2014): e88690.
[2] van Oort, Erik SB, AM Van Cappellen Van Walsum, and David G. Norris. "An investigation into the functional and structural connectivity of the Default Mode Network." Neuroimage 90 (2014): 381-389.
[3] Engels, Marjolein, et al. "Declining functional connectivity and changing hub locations in Alzheimer’s disease: an EEG study." BMC neurology 15.1 (2015): 1-8.
[4] Fujii, Yuya, et al. "Associations between exercising in a group and physical and cognitive functions in community-dwelling older adults: a cross-sectional study using data from the Kasama Study." Journal of Physical Therapy Science 33.1 (2021): 15-21.
[5] Souza, Rudieri, et al. "Top-down projections of the prefrontal cortex to the ventral tegmental area, laterodorsal tegmental nucleus, and median raphe nucleus." Brain Structure and Function 227.7 (2022): 2465-2487.
■原著論文情報
雑誌名: Frontiers in Aging Neuroscience (公開日: 2023年4月17日(月) 13:00(日本時間)(2023年4月17日(月) 6:00 中央ヨーロッパ時間(夏時間))
論文題目: Hub Structure in Functional Network of EEG Signals Supporting High Cognitive Functions in Older Individuals
著者: Mayuna Tobe, Sou Nobukawa, Kimiko Mizukami, Megumi Kawaguchi, Masato Higashima, Yuji Tanaka, Teruya Yamanishi and Tetsuya Takahashi
URL: https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fnagi.2023.1130428/full
(オープンアクセスのためこのサイトから閲覧できます)
DOI: doi.org/10.3389/fnagi.2023.1130428
■研究経費
本研究は、日本学術振興会 科研費 基盤研究 C(研究課題/領域番号 JP22K12183(信川創); JP20K07964 (高橋哲也))、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業(CREST)「人間と情報環境の共生インタラクション基盤技術の創出と展開」領域(研究総括:間瀬健二)研究課題「脳領域/個体/集
団間のインタラクション創発原理の解明と適用」(代表者:津田一郎、課題番号:
JPMJCR17A4)の支援を受けたものです。



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