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国立大学法人 静岡大学

動物のスフィンゴ糖脂質を構成するオリゴ糖を分解する酵素を細菌のゲノムから発見

(PR TIMES) 2023年07月30日(日)22時40分配信 PR TIMES

― 腸内細菌と土壌細菌から見つかったα-1,4-ガラクトシダーゼの立体構造を解明 ―

 静岡大学グリーン科学技術研究所生物分子機能研究コア/農学部の宮崎剛亜准教授の研究グループは、腸内細菌および土壌細菌から、動物のスフィンゴ糖脂質を構成するオリゴ糖を分解することができる酵素α-1,4-ガラクトシダーゼを発見し、その分子構造を明らかにしました。

【研究のポイント】
・腸内細菌Bacteroides salyersiaeと土壌細菌Flavihumibacter petaseusのゲノムから、動物のスフィンゴ糖脂質に見られるオリゴ糖を分解する酵素を発見しました。
・この酵素はグロボトリオースのα-1,4-ガラクトシド結合に特異的に作用し、他のα-ガラクトシドにはほとんど作用しない、厳密な基質特異性を有していました。
・X線結晶構造解析によって、酵素がオリゴ糖を厳密に認識して加水分解する仕組みを原子レベルで明らかにしました。
 本研究は、さまざまな細菌のゲノム情報を活用し、既知の酵素とアミノ酸配列相同性が低い機能未知タンパク質から新規活性酵素を見出すことを目的として行われました。マルトース(麦芽糖)を分解するα-グルコシダーゼ(マルターゼ)やオリゴ糖(*1)製造に利用されるようなさまざまな有用酵素が属する糖質加水分解酵素ファミリー31(GH31)(*2)に着目し、既知の糖質加水分解酵素とアミノ酸配列相同性が低い機能未知タンパク質の遺伝子を研究対象としました。本研究では、腸内細菌Bacteroides salyersiae(バクテロイデス・サリエルシエ)(*3)と土壌細菌Flavihumibacter petaseus(フラビフミバクター・ペタセウス)(*4)のゲノムから、動物のスフィンゴ糖脂質であるグロボトリアオシルセラミド(*5)を構成するオリゴ糖であるグロボトリオースを加水分解してガラクトースを遊離するGH31 α-1,4-ガラクトシダーゼの遺伝子を見出しました。これまで知られている細菌由来α-ガラクトシダーゼはα-1,3結合やα-1,6結合に特異的に作用するものや基質特異性が広いものであり、α-1,4-ガラクトシド結合に特異的な細菌由来酵素は知られておらず、本研究が初めての例になります。また、X線結晶構造解析(*6)によって酵素の分子構造を明らかにすることに成功し、酵素が基質のオリゴ糖を認識して加水分解する分子メカニズムを明らかにしました。

 本研究は、腸内細菌が宿主のスフィンゴ糖脂質の糖鎖を分解している可能性を示唆するとともに、細菌の新しい糖質資化経路の発見につながります。また、これらの酵素の反応を利用した糖質の検出や糖質の構造解析研究への応用につながると期待されます。

 なお、本研究成果は、2023年7月12日に、欧州生化学会連合の発行する国際雑誌「FEBS Journal」にオンライン掲載されました。


【研究者コメント】
静岡大学グリーン科学技術研究所 准教授・宮崎 剛亜(みやざき たかつぐ)
 本研究は、博士課程 3 年生の池谷真里奈さん(自然科学系教育部バイオサイエンス専攻)が、以前の研究(α-1,3-グルコシダーゼの発見)に続き、新規酵素の探索と解析に注力してくれた成果です。微生物にはまだ知られていない活性を持ち、有用な酵素が眠っている可能性が大いにあります。


【研究背景】
 ガラクトースはグルコース(ブドウ糖)のエピマーであり、生物にとって重要な糖質を構成する単糖の一つです。ガラクトースは、植物が産生するオリゴ糖や多糖、動物が産生する複合糖質、細菌や真菌などの微生物が産生する多糖などに含まれており、その結合の様式は糖質によって異なります。例えば、植物由来のオリゴ糖であるラフィノースや多糖のガラクトマンナンにはα-1,6結合でガラクトースが結合しており、血液型B抗原にはα-1,3結合、スフィンゴ糖脂質の一つであるグロボトリアオシルセラミドにはα-1,4結合でガラクトースが結合しています(図1)。これらのα-ガラクトシド結合を加水分解する酵素をまとめてα-ガラクトシダーゼと呼称しますが、酵素の起源生物によって基質の結合特異性は異なります。これまで、細菌や真菌といった複数の微生物からはα-1,6結合やα-1,3結合を加水分解する酵素が見つかっていましたが、α-1,4-ガラクトシド結合を好む細菌酵素は知られていませんでした。
[画像1: https://prtimes.jp/i/96787/23/resize/d96787-23-d317fd83f69027011287-0.png ]

 糖質加水分解酵素ファミリー31(GH31)は、CAZyデータベース(http://www.cazy.org/)における糖質加水分解酵素のアミノ酸配列相同性に基づく分類の一つであり、マルトースを分解する小腸のα-グルコシダーゼ(マルターゼ、図2)や植物細胞壁の成分であるキシログルカンの側鎖を分解するα-キシロシダーゼなどのα-グリコシド結合を加水分解するさまざまな生物種由来の酵素が属しているファミリーです。私たちは、以前よりこのファミリーから既知酵素とアミノ酸配列の相同性が比較的低い機能未知タンパク質に注目し、さまざまな新しい活性をもつ糖質加水分解酵素を発見してきました(Ikegaya et al. J. Biol. Chem. 298, 101827, 2022など)。本研究では、このGH31から更に新しい活性をもつ酵素を見つけるべく、さまざまな細菌のゲノム情報を基に探索を行いました。


【研究の成果】
 さまざまな環境に生息するBacteroidota門(Bacteroidetes門)細菌を中心として複数の細菌のゲノムに共通して存在する機能未知GH31タンパク質(GH31_19)の遺伝子を見出しました。そこで、腸内細菌Bacteroides salyersiae(バクテロイデス・サリエルシエ)と土壌細菌Flavihumibacter petaseus(フラビフミバクター・ペタセウス)のGH31_19タンパク質の遺伝子をクローニングして大腸菌組換え発現を行い、その活性を調べたところ、動物のスフィンゴ糖脂質に見られるオリゴ糖であるα-1,4-ガラクトビオースやグロボトリオースのα-1,4-ガラクトシド結合に最も高い加水分解活性を示す酵素であることが明らかになりました(図1)。これらの酵素は、α-1,3結合やα-1,6結合にはごく僅か(相対活性が1%以下)にしか作用しないことから、α-1,4結合に特異性の高い酵素であることが分かりました。
 酵素がどのように基質の結合を認識しているかを明らかにするため、X線結晶構造解析を用いて酵素の分子構造を調べました。その結果、B. salyersiaeとF. petaseusのGH31_19酵素の全体構造(タンパク質の折り畳み)は他のGH31酵素と類似してましたが(図2)、活性部位はα-1,4-ガラクトビオースを厳密に認識し加水分解するのに適した構造をしていることが分かりました(図3)。さらに、ヒトの小胞体に局在するGH31酵素であるMYORG(*7)と全体構造(図2)と活性部位に共通点が多いことが分かりました。このように起源生物種が大きく異なるにもかかわらず、細菌のGH31_19酵素とヒトのMYORGが分子系統的に近縁な関係にあることが示唆されたため、細菌がどのようにこの酵素を獲得したか、非常に興味が持たれます。
[画像2: https://prtimes.jp/i/96787/23/resize/d96787-23-c8b77686f6cc77dca6fd-1.png ]

[画像3: https://prtimes.jp/i/96787/23/resize/d96787-23-e91cbe80fb80064f9bb4-2.png ]



【今後の展望と波及効果】
 腸内細菌は宿主動物が産生する複合糖質を分解してエネルギー源とすることから、Bacteroides salyersiaeは宿主のスフィンゴ糖脂質を分解するために、この酵素を利用している可能性があります。また、α-1,4-ガラクトビオースやそれに類似した構造は、細菌や真菌が産生する菌体外多糖にも存在します。今後、GH31_19酵素を持つ細菌がどのような糖質を対象に分解しているかの分子メカニズムが明らかになることが期待されます。また、このような基質特異性が厳密な酵素は、α-1,4-ガラクトビオース構造を持つ糖質の検出や構造解析への応用が期待されます。


【論文情報】
掲載誌名: FEBS Journal

論文タイトル: Structure-function analysis of bacterial GH31 α-galactosidases specific for α-(1→4)-galactobiose

著者: Marina Ikegaya, Enoch Y. Park, Takatsugu Miyazaki

DOI: 10.1111/febs.16904


【研究助成】
宮崎剛亜
日本学術振興会 科学研究助成事業 若手研究 (19K15748)
日本学術振興会 科学研究助成事業 基盤研究(C) (23K05039)


【用語説明】
1. オリゴ糖
グルコース(ブドウ糖)やガラクトースなどの単糖が2個〜10個程度結びついた糖の総称。身近なオリゴ糖にはスクロース(ショ糖)やラクトース(乳糖)などがある。

2. 糖質加水分解酵素ファミリー31(GH31)
糖質加水分解酵素はアミノ酸配列相同性に基づき、現在180を超えるファミリーに分類され、CAZyデータベース(http://www.cazy.org/)にまとめられている。GH31はそのうちの一つのファミリーであり、真核生物、細菌、古細菌といった様々な生物の酵素が属している。代表的なものは、澱粉やマルトースに作用するα-グルコシダーゼであるが、他にもα-キシロシダーゼやα-ガラクトシダーゼといった、α-グリコシドに作用する酵素が含まれている。また、糖転移反応を触媒し、オリゴ糖の製造に利用される酵素も知られている。

3. Bacteroides salyersiae(バクテロイデス・サリエルシエ)
ヒトの虫垂の組織から単離された腸内細菌。ゲノムが解読されており、300に近い数の推定糖質加水分解酵素の遺伝子を保有している。

4. Flavihumibacter petaseus(フラビフミバクター・ペタセウス)
ネパールの亜熱帯多雨林の土壌から単離された細菌。ゲノムが解読されている。

5. グロボトリアオシルセラミド
スフィンゴ糖脂質の一つであり、セラミドにガラクトースとグルコースからなる三糖が結合した構造をもつ。志賀毒素のレセプターとしても知られる。ヒトではリソソームのα-ガラクトシダーゼの変異による活性低下が原因でグロボトリアオシルセラミドが蓄積し、遺伝性疾患のファブリー病が引き起こされる。

6. X線結晶構造解析
タンパク質などの高分子の立体構造を決定するための手法の一つである。結晶にX線を照射して取得する回折パターンから電子密度情報が得られ、タンパク質の立体構造を原子レベルで解明することができる。

7. MYORG
ヒトのMYORGは、その変異が家族性特発性基底核石灰化症と関連しているという報告がある、小胞体局在型のGH31タンパク質である。近年、α-1,4-ガラクトシルグルコースに活性のあるα-ガラクトシダーゼであることが報告された。



プレスリリース提供:PR TIMES

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