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プレスリリース

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日本電信電話株式会社

物質の相転移を用いて、光のトポロジカル相転移を世界で初めて実現 〜オンデマンドに再構成可能な新機能光集積回路につながる新しい光制御の開拓〜

(Digital PR Platform) 2024年09月06日(金)15時11分配信 Digital PR Platform

発表のポイント:

物質の相転移と光のトポロジカル相転移という二つの異なる現象を結びつける初めての成果
相変化材料と半導体材料を組み合わせ、各材料が異なるナノスケールのパターンを持つ独自の人工ハイブリッドナノ周期構造を提案、実現することにより本成果を達成
光のトポロジカルな性質を利用した再構成可能な新機能光集積回路の実現可能性を指し示すものであり、将来的に光を用いた高度な情報処理基盤の実現につながる成果

 日本電信電話株式会社(本社:東京都千代田区、代表取締役社長:島田 明、以下「NTT」)と国立大学法人東京工業大学(学長:益 一哉)理学院 物理学系の納富雅也教授らの共同研究チームは、相変化物質と半導体の特殊なハイブリッドナノ構造の実現により、物質の相転移によって世界で初めて光のトポロジカル相転移を引き起こすことに成功しました(図1)。
 1996年にノーベル物理学賞が授与された固体のトポロジカル物性の原理が、近年ナノ構造中の光に適用され新しい光の自由度として活発な研究が進んでいますが、これまで光のトポロジカルな性質は構造に固定され、作製後には変更することができませんでした。本成果では、物質の相転移を利用して、構造作製後にオンデマンドに光のトポロジカル相を切り替えられることを実証しました。この成果は、物質の相転移と光の相転移を結び付けた新しい学術分野の創造につながるとともに、光のトポロジカルな性質を利用した再構成可能な新機能光集積回路の実現により、光を用いた高度な情報処理基盤の開拓につながるものです。
 本研究成果は、2024年8月23日(米国東部夏時間)に米国科学誌「Science Advances」のオンライン版に掲載されました。


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図1: 本発表の概要、フォトニック結晶上に配置した物質相転移を起こす物質により、光トポロジカル相転移を引き起こすことに成功。Cはチャーン数。

1.背景
 トポロジーとはもともと数学の概念で、例えば物体の穴の数のような、連続変形では値が変わらない離散量(トポロジカル不変量※1)によって決まる性質として議論されてきましたが、近年この概念が物理の世界に導入され、2016年のノーベル物理学賞は固体の電子状態の中にトポロジカルな性質が隠れていることを発見した三人の科学者に与えられました。彼らの研究により、固体中の電子がチャーン数※2(C)と呼ばれるトポロジカル不変量を持ち、これにより決まる様々な性質が発現することがわかり、その一つとしてトポロジカル絶縁体※3と呼ばれる特殊な状態が発見され活発に研究されています。最近になり、同様なトポロジカルな性質が人工的な誘電体構造であるフォトニック結晶※4の中に光の性質として現れることが判明し、研究が活発化しています。人工誘電体構造がノンゼロのチャーン数を持つ場合に光のトポロジカル絶縁体※5となり、この状態では内部に光が通りませんが、チャーン数が異なる界面に光の導波路が形成されます。この導波路は、光の伝播方向が一方向に固定されたり、後方散乱損失が抑制されるといった興味深い特長があり、将来の光集積回路への応用が期待されています。
 一般に固体から液体、気体のように物質の性質が大きく変わる現象を相転移と呼びますが、もしも光のトポロジカル絶縁状態とノーマル状態を切り替える相転移が実現すれば、この界面を自由に生成することができ、任意の位置にトポロジカルな性質を持った光の配線をオンデマンドで生成することが可能となります。しかし、これまでの技術では光のトポロジカルな性質は構造で決まっており、構造を作製した後には変更ができませんでした。代表例として、ハニカム格子型フォトニック結晶を用いて光トポロジカル絶縁体を形成する方法を示します(図2)。この場合、中央のハニカム格子に対して、6個の穴が内側にずれた構造ではノーマルな光絶縁体(ノーマル相)になり、外側にずれた構造ではチャーン数が1の光トポロジカル絶縁体(トポロジカル相)になることが知られていますが、構造が決まってしまうとチャーン数は不変です。ここでバンドの上下が入れ替わっていますが、チャーン数を変化させトポロジカル相転移を実現するためには、バンド反転※6が必要であることがわかっています。これまで様々な手法を使って、トポロジカルな性質を制御しようとする研究は多く行われてきましたが、バンド反転が難しいため、チャーン数を変化させてトポロジカル状態をスイッチする、即ち光トポロジカル相転移を実現した例はありませんでした。


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図2:(上)従来技術におけるハニカム格子型光トポロジカル絶縁体形成手法と(下)対応するバンド構造。バンド反転によってCがノンゼロのトポロジカル絶縁体が実現する。

2.技術のポイント
@相変化材料によって光トポロジカル相転移を可能とする構造の考案
 Ge2Sb2Te5(GST)※7はよく知られた相変化材料の一つで、温度や光パルスによって結晶相とアモルファス相という異なる結晶構造の間で相転移が起き、屈折率が大きく変化することから、書き換え可能なDVDなどで実用化されています。相転移を起こしたあとその状態は無電源で保持されることから、近年GSTの相転移を用いた光メモリや光回路の研究が活発化しています。本研究では、このGSTをシリコンフォトニック結晶の上に装荷することで、GSTの相転移によりフォトニック結晶に大きな屈折率変化を与えて、光トポロジカル相転移を引き起こすことを狙いました。つまり、物質の相転移によって、光の状態の相転移を引き起こすことを狙うのです。ただし、GSTをフォトニック結晶の上に一様に成膜しただけでは、チャーン数を変化させることはできません。そこでNTTと東工大の研究グループでは、詳細に構造中の光状態を分析することにより、特殊な配置(図3左)でパターニングしたGSTをシリコンフォトニック結晶の上に装荷することで、光トポロジカル相転移を引き起こせることを発見しました。この特殊な構造では、GSTが結晶相からアモルファス相に相転移すると、フォトニック結晶のバンド構造が反転し、光の状態がノーマル相からトポロジカル絶縁相へ相転移します(図3右)。このような原理はこれまで知られていませんでした。


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図3:(左)提案するハイブリッドフォトニック結晶の構造図。(右)左の構造について、GSTが結晶相の場合とアモルファス相の場合について理論計算したバンド構造。結晶相の場合にはチャーン数が0のノーマル相であるが、GSTがアモルファス相になるとチャーン数が1のトポロジカル相になる。

Aハイブリッドフォトニック結晶作製技術の開発
 図3で説明した構造を実現するためには、フォトニック結晶を構成するシリコン層と、その上に装荷するGST膜に異なるパターンを形成する必要があります。しかし、従来の殆どのフォトニック結晶は複数材料で構成してもパターンは共通でした。今回、NTTと東工大の研究チームでは、最先端の微細化加工技術と正確な位置合わせ技術により、フォトニック結晶上に任意のパターンの薄膜構造を形成する技術を確立し、図3に理論提案した構造を実際に作製することに成功しました。
 具体的な作製プロセスを図4上に示しますが、電子線露光によるパターン形成を二段階で行い、正確な位置合わせ技術によりハイブリッド構造を作製しています。図4下に作製した構造の電子顕微鏡像および原子間力顕微鏡による立体像を示しますが、二つの材料のナノスケールのパターンが設計通りに位置合わせされて形成されており、ホストとなるフォトニック結晶の上にパターンの異なる機能材料が装荷されたハイブリッドフォトニック結晶構造が実現されていることを示しています。このようなハイブリッド構造はこれまでに世界の研究機関で作製された例はありませんでした。




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図4:(上)ハイブリッドフォトニック結晶の作製方法。(下)作製した構造の電子顕微鏡像及び原子間力顕微鏡像。

3.実験の概要
 作製したハイブリッドフォトニック結晶構造のフォトニックバンド構造を、角度分解反射分光法※8と呼ばれる手法で測定した結果を図5に示します。左の結果はGSTが結晶相にある場合、右はGSTがアモルファス相にある場合の同一試料に対する測定結果です。二つの逆向きの放物線形状がそれぞれフォトニックバンドに相当しています。左の結果では放物線の底の位置で下のバンドが明るく見えていますが、右の結果では逆に上のバンドの頂点が明るく見えています。この明るさのコントラストが反転する現象が、バンドが反転し光のトポロジカル相転移が起きた証拠となっています。さらに詳細な分析から、左のバンドはチャーン数の大きさがゼロのノーマル相、右は1であるトポロジカル相であることが確認されました。この実験結果は、GSTの相転移によって、フォトニック結晶のバンドが反転し、光のトポロジカル相転移が実現したことを示しています。


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図5:角度分解反射分光法によるバンド測定実験の結果。GSTの相転移により上下のバンドの明るさが反転し、光トポロジカル相転移が起きていることを示している。

 物質の相転移による光トポロジカル相転移を観測した例はこれまでになく、世界で初めての成果です。元々物質の相転移と光の相転移はこれまで全く別のものと考えられてきましたが、この成果では二つの世界の相転移現象を連携させることに成功したことになり、学術的に新しい分野の創出につながるものと考えられます。また、この結果は、構造作製後にGSTを相転移させればいつでもフォトニック結晶を光トポロジカル絶縁状態またはノーマル状態にできることを示しています。GSTは光パルス照射により双方向に相転移させることができるので、この技術を用いれば任意の場所のフォトニック結晶を光トポロジカル絶縁体に変えたり、また逆に戻したりすることが可能となりますが、これは任意の場所にチャーン数が異なる界面によるトポロジカル光導波路を形成することが可能になることを意味し、図6に示すような再構成可能な光トポロジカル回路の将来的な実現に向けた大きな一歩と言えます。


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図6:光トポロジカル相転移を利用して将来的に実現が期待できる再構成可能な光回路の概念図

4.各研究機関の役割
 この研究において、ハイブリッド構造の作製は主にNTTが行い、理論解析および測定はNTTと東工大の両者で行いました。NTT研究所は高度な半導体微細加工技術を有しており、これまでも世界有数の高品質フォトニック結晶を作製してきましたが、今回はこの高度な技術をハイブリッド構造に適用して独自のナノ構造作製に成功しました。

5.今後の展開
 GSTは光パルスによって相転移が可能であることから、今後光パルスによる光トポロジカル相転移の実現をめざします。また、この光トポロジカル相転移現象を用いて、チャーン数が変化する境界を作り、オンデマンドで再構成可能な光導波路を実現する予定です。またさらに、これらの技術を用いて図6に示した再構成可能な光回路への応用を狙い、最終的にはこのトポロジカルな性質による光の新たな自由度を活用して光による大容量の情報処理に適用し、情報処理基盤の高度化に寄与することをめざしています。光のトポロジカルな性質の研究は世界的にも基礎的な研究段階で未知な部分が少なくないですが、現在も様々な新しい性質が発見されており、今回の成果は、そういった多様な光のトポロジカルな性質を光トポロジカル相転移によって操作できる可能性を示しており、学術的にも応用的にも大きな広がりが期待されます。
 また、今回用いたハイブリッドフォトニック結晶作製技術は、GST以外の物質にも適用可能であることから、様々な機能材料を用いたハイブリッドフォトニック結晶を実現することで、様々な光学応答の制御にも応用できる可能性があります。

論文情報
掲載誌: Science Advances
論文タイトル: Photonic topological phase transition induced by material phase transition
著者: Takahiro Uemura, Yuto Moritake, Taiki Yoda, Hisashi Chiba, Yusuke Tanaka, Masaaki Ono, Eiichi Kuramochi, and Masaya Notomi
DOI: 10.1126/sciadv.adp7779

【用語解説】
※1.トポロジカル不変量:図形や物体の形状を連続的に変形しても変化しない離散的な量(一般には整数または半整数)。この量が規定できることによりトポロジカルな性質が現れる。
※2.チャーン数:トポロジカル不変量の一種で、周期構造中の波動の形状で決まる離散的な数。電子は結晶中では波動として振舞うので、チャーン数を定義することができる。一般にチャーン数がゼロでなくなると、トポロジカルな性質が現れる。
※3.トポロジカル絶縁体:内部は電気を通さない絶縁体だが、チャーン数が異なる接合面や表面には伝導状態が生じる。この伝導状態はスピンの向きによって伝搬方向が決まるという特異な性質を持つ。
※4.フォトニック結晶:光の波長程度の周期で周期的に屈折率が変調された誘電体の人工構造。通常、微細加工技術を用いて、半導体に周期的な穴を形成して実現する。
※5.光トポロジカル絶縁体:有限のチャーン数を持ち、※3と同様な性質を光の状態として持つ。内部には光が侵入できないが、チャーン数が異なる接合面に光の導波路が形成され、光の渦状態の向きによって伝搬方向が決まる。
※6.バンド反転:電子や光は結晶中でエネルギーまたは周波数がバンド構造をとることが知られているが、ある二つのバンドのエネルギーまたは周波数の大小関係が逆転するときに、チャーン数がノンゼロになりトポロジカルな性質が発現することが知られている。本成果では、物質の相転移によりフォトニック結晶のバンドを反転させて、トポロジカルな性質を切り替えている。
※7.GST:化学組成Ge2Sb2Te5のカルコゲナイド系相変化物質, 室温において結晶相とアモルファス相という二つの安定な相が存在し、一時的な温度変化やレーザ光照射などによって相転移を起こすことができる。結晶相とアモルファス相では大きく屈折率が異なるため、この変化を利用して書き換え可能なDVDであるDVD-RWなどの様々なデバイスに応用されている。
※8.角度分解反射分光法:フォトニック結晶の反射光を用いて光のバンド構造を測定する手法。

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