プレスリリース
横浜市立大学木原生物学研究所の殿崎薫助教と木下哲教授、農研機構の川勝泰二上級研究員、国立遺伝学研究所、理化学研究所、アメリカ・カリフォルニア大学デイビス校、岩手大学との国際共同研究グループは、イネの胚乳発生段階や細胞の種類によって異なるゲノム刷り込み(ゲノムインプリンティング)*1の仕組みが存在することを明らかにしました。
本研究では、イネの胚乳における時系列マルチオミクス解析*2から、発生の進行過程で多数の刷り込み遺伝子(インプリント遺伝子)*3を同定し、全てのステージに持続的なインプリント遺伝子と、発生ステージ特異的なインプリント遺伝子が存在することを突き止めました(図1)。さらにシングルセル解析*4から、細胞の種類によってもインプリント遺伝子の制御が異なることを示唆する結果を得ることに成功しました。極めて複雑に制御されるゲノムインプリンティングの制御メカニズムの全容解明や、植物の種子形成過程におけるインプリント遺伝子の機能解明に関する研究への進展が期待されます。
本研究成果は、「Nature Plants」誌に掲載されました(英国夏時間2024年7月30日10時)。
研究成果のポイント
イネ胚乳発生の進行過程で異なる発現様式を示す多数のインプリント遺伝子を発見。
発現様式の異なるインプリント遺伝子のエピゲノム制御機構*5の解明。
胚乳細胞の種類によってインプリント遺伝子の制御が異なることを解明。
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図1.胚乳発生過程で異なる発現様式を示すインプリント遺伝子とその制御機構。
持続的インプリント遺伝子とステージ特異的インプリント遺伝子ではエピゲノム状態が異なる。
研究背景
ゲノムインプリンティングは、両親から受け継いだ遺伝子のうち、特定の遺伝子が片親由来のゲノムから発現し、他方のゲノムでは発現しない現象です。この現象は、哺乳類の胎盤形成や被子植物の種子形成において重要な役割を果たしていますが、その詳細な制御メカニズムは未だいまだに完全には解明されていません。特に、発生ステージや細胞の種類による遺伝子発現制御の違いについては、理解が進んでいない部分が多くありました。従来の研究において、エピジェネティック修飾(DNAメチル化やヒストン修飾)*6によって遺伝子発現が制御されることが示唆されていましたが、その動的な変化や細胞特異的な制御メカニズムについては不明な点が多く残されていました。
研究内容
本研究では、イネの胚乳における異なる発生ステージでのトランスクリプトーム解析(RNA-seq解析)を行いました。その結果、持続的にインプリンティングが維持される遺伝子(持続的インプリント遺伝子)と、特定の発生ステージでのみインプリンティングが観察される遺伝子(ステージ特異的インプリント遺伝子)に分類することができました。また、全ゲノムのDNAメチル化解析およびヒストン修飾解析を実施した結果、持続的インプリント遺伝子は、DNAメチル化やヒストン修飾の強固なエピジェネティック修飾によって制御され、一方でステージ特異的インプリント遺伝子は比較的弱いエピジェネティック修飾によって制御されていることを明らかにしました。さらには、母性インプリント遺伝子の多くはDNAメチル化によって、父性インプリント遺伝子の多くは主にヒストン修飾によって制御されることも明らかになりました(図2)。
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図2.持続的インプリント遺伝子とステージ特異的インプリント遺伝子の制御の違い。
母性インプリント遺伝子は主にDNAメチル化によって、父性インプリント遺伝子は主にヒストン修飾によって制御される。それぞれの左側のボックスは、インプリント遺伝子の母親から継承した対立遺伝子、右側のボックスは父親から継承した対立遺伝子を示す。
さらに、シングルセル解析を用いて、細胞特異的インプリント遺伝子の発現パターンを解析しました。この解析により、持続的インプリント遺伝子が多くの細胞クラスター*7で広範に発現しているのに対し、ステージ特異的インプリント遺伝子は特定の細胞クラスターでのみ発現していることが明らかになりました(図3)。このことは、細胞タイプごとのインプリント遺伝子の発現の違いが、胚乳発生の制御に重要な役割を果たしている可能性を示唆しています。
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図3.シングルセル解析による細胞特異的なインプリント遺伝子の発現パターン。
左図:シングルセル解析から作成した胚乳の細胞クラスター。
右図:胚乳の細胞クラスターにおけるインプリント遺伝子の発現の偏りを示す。
今後の展開
本研究の成果は、これまで単純な制御であると考えられてきたゲノムインプリンティングが、人類の食糧資源として最も重要な胚乳の発生ステージや細胞の種類といった時空間レベルで複雑に制御されている可能性を示唆しており、複雑なゲノムインプリンティングの制御メカニズムの全容の解明が期待できます。
用語説明
*1 ゲノム刷り込み(ゲノムインプリンティング):父母のゲノムの由来に従って遺伝子発現のオン・オフが決まる仕組み。父性インプリント遺伝子は、父親から遺伝した場合のみ発現がオンに制御され、逆に母性インプリント遺伝子は母親から遺伝した場合のみ発現がオンに制御される。
*2 時系列マルチオミクス解析:複数の発生ステージを対象として、ゲノムワイドDNAメチル化情報、ヒストン修飾情報、遺伝子発現情報などの大規模解析を組み合わせて解析する手法。
*3 刷り込み遺伝子(インプリント遺伝子):ゲノム刷り込みを受けた遺伝子。父性インプリント遺伝子と母性インプリント遺伝子がある。
*4 シングルセル解析:単離した細胞や核を用いて、個々の細胞で発現しているmRNAを読み取る技術。
*5 エピゲノム制御機構:DNAの塩基配列以外のゲノム情報、DNAメチル化、ヒストン修飾などを制御する分子機構。
*6 エピジェネティック修飾(DNAメチル化やヒストン修飾):DNAのシトシン塩基の5位炭素にメチル基が入る化学的な修飾、ならびにヒストンのN末端やC末端のテール部分に入るメチル基、アセチル基、ユビキチンなどの修飾を指す。DNAの塩基配列以外の遺伝情報として知られている。
*7 細胞クラスター:シングルセルRNAシーケンス解析の結果、似たような遺伝子発現を持つ細胞の集団をグループ化し、細胞のタイプごとに別けたもの。
研究費
本研究は、科研費補助学術変領域(A) 「挑戦的両性花原理」、若研究、横浜市学学裁量事業 第5期戦略的研究推進事業「研究開発プロジェクト」などの援を受けて実施されました。
論文情報
タイトル: Multi-layered epigenetic control of persistent and stage-specific imprinted genes in rice endosperm
著者: Kaoru Tonosaki, Daichi Susaki, Hatsune Morinaka, Akemi Ono, Hiroki Nagata, Hiroyasu Furuumi, Ken-Ichi Nonomura, Yutaka Sato, Keiko Sugimoto, Luca Comai, Katsunori Hatakeyama, Taiji Kawakatsu, Tetsu Kinoshita
掲載雑誌: Nature Plants
DOI: 10.1038/s41477-024-01754-4
(https://www.nature.com/articles/s41477-024-01754-4
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