プレスリリース
―先進医療Bの症例を調査し、作用機序の解明への一歩へ―
横浜市立大学 医学部循環器・腎臓・高血圧内科学教室の植田瑛子医師、石賀浩平医師、小豆島健護助教、涌井広道准教授、戸谷義幸准教授、田村功一教授らの研究グループは、同学初の先進医療B*1として承認された、高コレステロール血症を合併しない難治性の末梢動脈疾患患者30名にLDLアフェレシス*2を行う臨床研究を実施し、足の血流を示す足関節上腕血圧比やQOL(quality of life、生活の質)指標の改善が観察されました(図1)。
本研究成果は、Journal of Atherosclerosis and Thrombosis誌に掲載されました。(2024年4月3日)
研究成果のポイント
・正コレステロール血症*3の難治性の末梢動脈疾患患者に対するLDLアフェレシスの有効性・安全性を調
べたところ、足関節上腕血圧比とQOL指標が有意に改善した。
・治療後に血管内皮機能と酸化ストレスの改善が観察された。
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図1 研究の概要
研究背景
末梢動脈疾患は動脈硬化により下肢の血流が低下することで疼痛や潰瘍を来たす疾患で、下肢の切断が必要となる等、患者のQOLを著しく損ねる予後不良の疾患です。カテーテル治療や血管外科手術などの標準治療で改善しない重症患者に対し、経験的にLDLアフェレシスが有効な場合があることが知られていましたが、その保険適応は長らく難治性の高コレステロール血症患者に限定されていました。一方、LDLアフェレシスには血液中のコレステロールの除去によらない抗動脈硬化効果があることが、これまでの先行研究等で示唆されていました。そこで本研究グループでは、高コレステロール血症を合併しない難治性末梢動脈疾患に対してLDLアフェレシスが有効であるとの仮説を立て、その有効性・安全性を調べる臨床研究を行いました。この臨床研究は横浜市立大学循環器・腎臓・高血圧内科学教室と同次世代臨床研究センター(Y-NEXT)の共同研究として計画され、同学初の厚生労働省先進医療Bとして承認を受けて実施されました。
研究内容
30人の正コレステロール血症の難治性末梢動脈疾患患者に対し、デキストラン硫酸カラムを用いたLDLアフェレシスを10回行い、一連の治療の前後で足関節上腕血圧比(足関節レベルの血流を反映する数値)やQOL指標の変化を調べました。LDLアフェレシス治療前と比較して、治療後には足関節上腕血圧比やQOL指標が有意に改善し、その改善は治療終了3か月後の時点でも維持されていました。QOL指標の分析では、身体的な側面(痛み)におけるQOLの改善に加え、感情的な側面や社会的な側面における改善が観察されました。また、血管内皮機能や酸化ストレス(血液中の抗酸化力を示す数値)の改善も観察されました。
今後の展開
本研究は単群試験であったため、観察された種々の変化がLDLアフェレシス単独の効果であるかは不明であることや、治療後の欠測データが複数あったことが研究上の制限であり、今後の研究による検証が必要です。2020年にはLDLアフェレシスと類似の治療法(血液中のLDLコレステロールやフィブリノーゲンを吸着する治療)が保険適用となり、従来治療で改善しない末梢動脈疾患患者に対する治療の選択肢が増えています。一方、その作用機序は十分解明されておらず、適切な症例選択(どのような特徴を持つ患者に対して有効か)等に課題があります。本研究の成果も踏まえ、作用機序の解明や症例選択に関する知見の蓄積が進むことが望まれます。
研究費等
本研究で使用した血漿吸着器等は、産学連携に基づき株式会社カネカより提供を受けました。
論文情報
タイトル:Lipoprotein apheresis alleviates treatment-resistant peripheral artery disease despite the normal range of atherogenic lipoproteins: The LETS-PAD study
著者: Eiko Ueda, Yoshiyuki Toya, Hiromichi Wakui, Kohei Ishiga, Yuki Kawai, Ryu Kobayashi, Sho Kinguchi, Tomohiko Kanaoka, Yusuke Saigusa, Taro Mikami, Yuichiro Yabuki, Motohiko Goda, Daisuke Machida, Takayuki Fujita, Kotaro Haruhara, Teruyasu Sugano, Kengo Azushima and Kouichi Tamura
掲載雑誌: Journal of Atherosclerosis and Thrombosis
DOI:https://doi.org/10.5551/jat.64639
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用語説明
*1 先進医療B:先進医療とは、未だ保険診療として認められていない医療技術のうち、国(厚生労働省)が安全性、有効性等を認めたものについて、一定の実施施設の基準や実施方法を定めたうえで、保険診療と保険外診療を混合する形で患者さんに利用していただくことのできる医療制度をいう。未承認、適応外の医薬品や医療機器を使用する治療法や、未承認、適応外の医薬品や医療機器を使用しない治療法であっても、その有効性や副作用について、特に重点的な観察・評価が必要とされる医療技術は、先進医療Bと分類される。(参照: 先進医療の概要について|厚生労働省 (mhlw.go.jp) https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iryouhoken/sensiniryo/index.html
)。
本研究は未承認等の医薬品若しくは医療機器の使用又は医薬品若しくは医療機器の適応 外使用を伴う医療技術等を示す区分である先進医療Bとして承認を受けて実施した。第149回先進医療技術審査部会(令和5年6月15日開催)では、有効性について、欠測症例があることから評価困難と分類された。
*2 LDLアフェレシス:LDL(Low Density Lipoprotein)は動脈硬化の原因になる悪玉コレステロールの代表的成分。LDLアフェレシスは、血液透析のように血液を体外で循環させ、血液中に含まれるLDLコレステロール等の動脈硬化促進性物質を除去する治療法。本研究では、デキストラン硫酸カラム(リポソーバー LA-15)を用いた血漿吸着を実施した。
*3 正コレステロール血症:血中総コレステロール値220 mg/dL以下、かつ low density lipoprotein (LDL)コレステロール値 140 mg/dL以下
参考文献
(参考論文1)
Sustained inhibition of oxidized low-density lipoprotein is involved in the long-term therapeutic effects of apheresis in dialysis patients.
Tsurumi-Ikeya Y, Tamura K, Azuma K, Mitsuhashi H, Wakui H, Nakazawa I, Sugano T, Mochida Y, Ebina T, Hirawa N, Toya Y, Uchino K, Umemura S.
Arterioscler Thromb Vasc Biol. 2010 May;30(5):1058-65.
https://doi.org/10.1161/atvbaha.109.200212
(参考論文2)
Therapeutic potential of low-density lipoprotein apheresis in the management of peripheral artery disease in patients with chronic kidney disease.
Tamura K, Tsurumi-Ikeya Y, Wakui H, Maeda A, Ohsawa M, Azushima K, Kanaoka T, Uneda K, Haku S, Azuma K, Mitsuhashi H, Tamura N, Toya Y, Tokita Y, Kokuho T, Umemura S.
Ther Apher Dial. 2013 Apr;17(2):185-92.
https://doi.org/10.1111/j.1744-9987.2012.01149.x
(参考論文3)
Low-density-lipoprotein apheresis-mediated endothelial activation therapy to severe-peripheral artery disease study: Rationale and study design.
Ueda E, Toya Y, Wakui H, Kawai Y, Azushima K, Fujita T, Saigusa Y, Yamanaka T, Yabuki Y, Mikami T, Goda M, Sugano T, Tamura K.
Ther Apher Dial. 2020 Oct;24(5):524-529.
https://doi.org/10.1111/1744-9987.13546