プレスリリース
同大理工学部物理科学科の北野健太助教、前田はるか教授の研究グループは、超蛍光と呼ばれる量子の世界で起こる同期現象を用いて、レーザー光の瞬間強度を7桁以上増強することに成功した。この研究成果は、2024年2月12日に、"Physical Review Letters"誌のオンライン版に掲載された。
【発表のポイント】
1.量子力学の同期現象である超蛍光を微弱なレーザー光を用いて制御することに成功
2.レーザー光の瞬間的な光強度を超蛍光によってコヒーレントに7桁以上増強することに成功
3.超蛍光が光の量子状態にどのように作用するのかを解明することで量子光アンプの開発につながると期待
気体の原子をはじめとした量子性が顕著に表れる物質が、内部エネルギーの高い状態に励起されると、自然放出過程によって蛍光が放出されることがある。そのような物理系において、複数の原子が一斉に励起されると、真空場を介して各原子が相互作用する。その結果、各々の原子から放射される光の位相が徐々に同期され、極めてピーク強度の高いコヒーレントな光パルス、いわゆる「超蛍光」が放射される。光が存在しない空間から、突如として強力な光パルスが放射されるという点で、超蛍光は真空場を増幅する機構と考えられている。
同大理工学部物理科学科の北野健太助教、前田はるか教授の研究グループは、外部から微弱なレーザー光を照射した条件下で超蛍光を実現し、その増幅特性を精密に評価した。その結果、レーザー光の瞬間強度が超蛍光によって、7桁以上もコヒーレントに増強されていることを発見した。この研究成果は、超蛍光の持つ比類なき増幅能力を実証している。特に、超蛍光による光の増幅は、原子集団が自発的に量子もつれ状態を形成することに起因しており、レーザーに代表される従来の光増幅機構とは全く異なる。この特性を解明することによって、将来的には非古典光に作用するいわば「量子光アンプ」として開発されることが期待される。
なお、本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業基盤研究(B)(22H01159)、公益財団法人 JKA競輪、公益財団法人光科学技術研究振興財団による研究助成事業の支援のもと実施された。
▼論文情報
タイトル:Coherent Amplification of Continuous Laser Field via Superfluorescence
著者名:Kenta Kitano and Haruka Maeda
雑誌:Physical Review Letters
DOI:10.1103/PhysRevLett.132.073201
https://journals.aps.org/prl/abstract/10.1103/PhysRevLett.132.073201
【研究の背景、経緯】
古典力学において、自発的な同期現象は物理・生命・化学・工学をはじめとしたあらゆる分野で多彩な役割を果たす。一例としてメトロノームの集団運動(図1)が挙げられる。各メトロノームは共通の土台を介して相互作用することで振動のタイミングが自発的にそろうことが知られている。その結果、シグナル強度(この場合は平均振幅)が増強する。このようにシグナルの増強、より正確には、S/N比の向上は、多種多様な同期現象に付随する共通の産物である。
量子力学で良く知られた同期現象は超蛍光(※1)である。原子に代表される量子性が顕著な物質(以下、量子物質)がエネルギーの高い状態に励起されると、その内部エネルギーが光へと変換され、蛍光として自由空間に放出される。この現象は自然放出過程と呼ばれ、物質と真空場との相互作用に起因する。多数の量子物質が同時に励起された場合、各量子物質は共通の真空場を介して相互作用する。この結果、各々の量子物質は発光のタイミング、すなわち位相をそろえ、一般的な蛍光とは異なる高いピーク強度を持った光パルス「超蛍光」が放出される(図2)。古典力学と同様に、量子力学でもまた、同期現象にはシグナルの増強が付随するのである。半世紀以上に及ぶ検証の結果、超蛍光はあらゆる物理系で起こり得る普遍的な現象として認識されるに至った。
一方、超蛍光が持つ増幅(アンプ)特性を光デバイス開発へと適用するにあたって、一つ大きな問題点があった。超蛍光は真空場の量子ノイズ(※2)を増幅する過程であるために、そのノイズを反映して、超蛍光の絶対位相が光パルス毎に揺らいでしまうことである。メトロノームの同期現象に置き換えれば、各メトロノームの位相は自発的にそろうが、ある時刻で全体がどこを向いているかまでは制御できないということに類似している。
【研究内容と成果】
超蛍光の絶対的な位相は不定だが、実際のところは原子集団から最初に放出された光子の位相にそろうと考えられている。超蛍光では、初めに放出された光子が呼び水となって同じ位相の光子が次々と放出されるのである。このことから、光子雪崩とも呼ばれている。この点に着目した同大研究グループは、超蛍光の波長と共鳴した微弱なレーザー光を原子集団に照射した条件下で超蛍光を発生させる実験を実施した。その上で、超蛍光とレーザー光との干渉測定を実施することによって、両者の位相関係を実験的に調べたところ、レーザー光の位相が超蛍光の位相へと転写されていることが判明した。(実験結果:図3(a))
図中では、レーザー光と超蛍光の位相が同期していることを示す量子ビートが明確に観測された。この結果で重要なことは、照射されているレーザー光は極めて微弱であり、超蛍光の光子雪崩を引き起こす最初の光子を原子集団に注入したに過ぎないという点である。超蛍光として放出される光エネルギーは、原子集団の内部エネルギーから提供されることに変わりはない。この結果を言い換えれば、微弱なレーザー光の光強度が超蛍光によってコヒーレントに増幅されたと捉えることもできる。そして、実験結果から実に瞬間強度にして7桁も増幅していることが判明した。(増幅の模式図:図3(b))
このような飛躍的な増強は、超蛍光の光子雪崩のメカニズムから説明することができる。実験結果から超蛍光に関与した、すなわち同期された原子の数は約10個と見積もられた。すなわち、たった一個の光子が呼び水となって、約10個の光子からなる光パルスが放出される。同期させることができる原子の数には上限があるものの、超蛍光が極めて強力な光アンプとして機能することが実証されたと言える。
【今後の展開】
今回の研究によって、超蛍光が光アンプとして機能することが実証された。しかし、未だ超蛍光が有する光アンプとしての広大な可能性のごく一部が解明されたに過ぎない。なぜなら、今回の研究では増幅前後の光に関して、光強度という古典量のみを測定対象としているからである。実際、得られた研究成果の大部分に関しては、古典的な同期現象と対応させて説明することができる。つまり、本来、超蛍光とは量子力学の同期現象であるが、今回の研究では、その古典的な側面を中心に明らかにしたに過ぎず、量子力学の同期現象が古典力学のそれと何が異なるのか、という本質的な問題に関しては未解明なのである。
この問いに答えるためには、増幅前後の光の量子状態を観測することが必要不可欠である。超蛍光の量子性(※3)を対象とした研究は近年急速に発展しつつある新しい研究領域であり、同大研究グループもこの研究領域への参入を予定している。例えば非古典光(※4)と呼ばれる量子性が顕著な光を入力光とし、増幅後の超蛍光の量子状態を観測する。そして、微弱な量子信号がどのようにアンプされるのかを解明することができれば、唯一無二の量子光デバイスである、いわば「量子光アンプ」の開発につながると期待される。超蛍光のアンプ特性を対象とした研究の背景には、ミクロとマクロの世界がどのようにつながっているのかという根源的な問いがある。その観点では、あるいは量子力学の未解決問題として知られたシュレディンガーの猫を研究するためのヒントが隠されている可能性がある。
▼用語解説
※1 超蛍光
1954年、R. Dickeによって提唱された集団的な輻射現象。量子物質が自然放出過程を介して自発的に遷移双極子の位相を同期させ、その結果としてコヒーレントな光パルスが放射される現象。
※2 量子ノイズ
光の量子論においては、真空状態と呼ばれる基底状態でも空間は一定の光エネルギーで満たされている。真空状態では光の位相が量子力学的に不確定な状態であるため、本発表ではこれを量子ノイズと呼ぶ。
※2 超蛍光の量子性
超蛍光の量子性を観測するためには、同期現象のスピードを落とし、ゆっくりと放射される超蛍光に対して光子カウンティングを導入することが必要となる。しかし、このような遅い同期現象は、通常量子物質の熱運動に伴うデコヒーレンス過程によって阻害され、長らく実現できなかった。しかし近年、冷却原子系に代表されるデコヒーレンス過程を極限的に排除した実験環境が実現され、超蛍光の量子性を研究する研究が開始された。
※4 非古典光
光の量子状態を巧みに制御することによって、統計的な光子の集団では実現できない性質を実装した光。例えば、互いに不確定性関係にある直交位相成分に関して片方の揺らぎ成分を圧縮させたスクイーズド光や二つの光子が量子力学的なもつれ状態にあるエンタングルド光子ペアなどがある。
【関連情報】
PHYSICAL REVIEW LETTERS https://journals.aps.org/prl/
北野健太助教 研究者情報 https://raweb1.jm.aoyama.ac.jp/aguhp/KgApp?resId=S000598
前田はるか教授 研究者情報 https://raweb1.jm.aoyama.ac.jp/aguhp/KgApp?resId=S001587
青山学院大学 理工学部 https://www.aoyama.ac.jp/faculty/science/
▼研究に関する問い合わせ先
青山学院大学 理工学部 助教 北野健太(きたのけんた)
TEL:042-759-6281
Mail:kenta.kitano@gmail.com
※メール送信の際は、「@」を半角に変更してください。
青山学院大学 理工学部 教授 前田はるか(まえだはるか)
TEL:042-759-6265
Mail:hmaeda@phys.aoyama.ac.jp
※メール送信の際は、「@」を半角に変更してください。
▼取材に関する問い合わせ先
青山学院大学 政策・企画部 大学広報課
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【リリース発信元】 大学プレスセンター https://www.u-presscenter.jp/