プレスリリース
【大阪大学】世界初!高速化学合成した糖によるバイオものづくり 〜食料と競合しない持続可能な原料糖の調達を可能に〜
大阪大学大学院基礎工学研究科大学院生の田畑裕さん(博士後期課程3年)および同附属太陽エネルギー化学研究センターの中西周次教授らの研究グループは、産業技術総合研究所生物プロセス研究部門環境生物機能開発研究グループの加藤創一郎上級主任研究員およびGreen Earth Institute株式会社の山本啓介上席研究員らとの共同研究により、化学合成した非天然糖を用いたバイオものづくりに世界で初めて成功しました。本研究成果は 、Wiley-VCH発行の国際学術雑誌「ChemBioChem」(25巻2号, 2024年1月16日)にオンライン掲載されました。
【研究成果のポイント】
●高速化学合成した非天然糖を原料としたバイオものづくりに世界で初めて成功
●糖の触媒化学合成技術とバイオ技術とが融合した有用物質生産プロセス
●従来型の農業由来バイオマス糖における食料との競合問題の解決
●原料糖の高速・オンサイト生産を介してバイオものづくり技術の拡大に貢献
農業で得られるトウモロコシなどのバイオマス糖を利用したバイオものづくりは、環境に優しい技術として注目されています。しかし、こうした従来型のバイオマス糖は、燃料や化学製品の生産という膨大な需要に対してその供給量に限界があり、工業利用の拡大による食料との競合が起こる懸念がありました。
今回研究グループは、上述した課題の解決に向け、化学合成した非天然糖を原料とした革新的バイオものづくり技術の開発に取り組みました(図1)。その結果、モデル微生物としてコリネ型細菌*を用い、合成した糖液を唯一の基質とした乳酸の発酵生産に成功しました(図2)。これは、化学合成した糖を原料としてバイオものづくりが行われた世界で初めての例です。
この成果により、食料と競合しない持続可能な原料糖の調達が可能となり、バイオものづくり技術の一層の拡大が期待されます。
■研究の背景
産業革命以降、化石燃料の過剰な利用と、それに伴うGHG(温室効果ガス)排出を原因とする気候変動は、21世紀の世界的課題です。バイオものづくり技術は、こうした課題を解決するための一つの有効な手段として捉えられており、その導入が活発に進められています。
現行のバイオものづくりにおける主原料(第一世代バイオマス*)の生産は、トウモロコシ栽培に代表される農業プロセスに依存しています。しかし、第一世代バイオマスの供給量は、燃料や化学製品の生産という膨大な需要を満足することができないため、食料との競合が生じる懸念があります。さらに、大規模農業による糖の生産には、土地利用、淡水や窒素、リンといった枯渇資源の大量消費、富栄養化による水質汚染、生物多様性の喪失などの負の側面もあります。
■研究の内容
研究グループでは、これまで、農業に依存しない糖の化学合成、そして得られた糖の生物反応プロセスへの適用に関する研究を行ってきました。
糖の化学合成には、(1)圧倒的に高速であること(農業プロセスの少なくとも数百倍)、(2)必要水量が圧倒的に少ないこと(農業プロセスの約1300分の1)、(3)必要生産面積が圧倒的に少ないこと(農業プロセスの約600分の1)、(4)リンや窒素などの栄養成分を必要としないこと、等の多くのメリットが備わります。しかしながら、化学合成糖液には微生物の生育阻害因子が含まれているなど、生物反応プロセスへの利用には課題がありました。
今回研究グループは、コリネ型細菌(Corynebacterium glutamicum)をモデル微生物とした検証により、化学合成糖を基質とした同菌の安定的な培養手法を確立しました。また、化学合成糖液に含まれる生育阻害因子を特定し、それが二次的な触媒処理によって除去可能であることを示しました(図3a)。さらに、酸素制限条件下において発酵を行うことにより、化学合成糖液を唯一の基質とした乳酸の発酵生産に成功しました(図3b)。これは、農業非依存的に合成された糖を基質として物質生産が行われた世界で初めての例です。乳酸は解糖系*と呼ばれる代謝経路の末端に位置するピルビン酸*を経由して生成します。このことは、本手法が、解糖系を利用するバイオものづくり技術に広く一般に適用可能であることを意味します。
■本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究成果により、バイオものづくりの原料として新たに化学合成糖が利用可能なことが示されました。
高速・オンサイト生産可能な化学合成糖の利用は、食料との競合、地域依存性、枯渇資源の大量使用といったバイオものづくり技術における原料供給の課題を解決し、当該領域のゲームチェンジを起こすことが期待されます。
■用語説明
*1 コリネ型細菌
非運動性、好気性のグラム陽性細菌。1950年代に日本においてグルタミン酸を産生する細菌として見つかり、それ以来各種アミノ酸や核酸生産に利用されてきた有用工業微生物。
*2 第一世代バイオマス
バイオマスの中でも、いわゆる作物の可食部分を指す。トウモロコシやサトウキビ由来の糖やパーム油由来の油脂などが該当し、現在主なバイオ燃料・バイオ化成品の原料として使われている。
*3 解糖系
生体内に存在する生化学反応経路の名称であり、摂取したグルコースを有機酸に分解し、生物がより使いやすい形に変換していくための代謝過程。
*4 ピルビン酸
有機化合物で、カルボン酸の一種。生化学においては解糖系の重要な化合物であり、酸素が不足した状態では乳酸に変換される。
■特記事項
本研究成果は、Wiley-VCH発行の国際学術雑誌「ChemBioChem」(25巻2号, 2024年1月16日)に掲載されました。
・タイトル:"Microbial Biomanufacturing Using Chemically Synthesized Non-Natural Sugars as the Substrate"
・著者名:Hiro Tabata, Hiroaki Nishijima, Yuki Yamada, Rika Miyake, Keisuke Yamamoto, Souichiro Kato, and Shuji Nakanishi
・DOI: https://doi.org/10.1002/cbic.202300760
本研究成果の一部は「科学技術振興機構・未来社会創造事業(JPMJMI22E、研究代表者:中西周次)、および科学研究費助成事業特別研究員奨励費(22J10537、研究代表者:田畑裕)による支援を受けて行いました。
また、本プレスリリースに用いられた図は著作権元である Wiley-VCHの許可を得て使用しました。
【中西教授のコメント】
触媒化学と生物工学の学際的研究により"化学合成した非天然糖によるバイオものづくり"に世界で初めて成功しました。収率などに技術的な課題はまだありますが、バイオものづくりにおける原料をオンサイト生産できることは、プラネタリーバウンダリーや経済安全保障等の観点から重要な特徴です。この技術はバイオものづくりの1つのカテゴリーとして発展する可能性を秘めていると考えています。
【SDGs目標】
2 飢餓をゼロに
7 エネルギーをみんなに そしてクリーンに
9 産業と技術革新の基礎をつくろう
13 気候変動に具体的な対策を
●参考URL
中西周次教授 研究者総覧
・URL: https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/16becbf5b7b6090e.html
【リリース発信元】 大学プレスセンター https://www.u-presscenter.jp/