プレスリリース
ミニブタは生理学的、解剖学的にヒトとの相同性が高く、ヒトで使用する医療用機器開発に有用です。北里大学獣医学部(青森県十和田市)は、2022年4月に、わが国の獣医学部初となる「ミニブタ研究推進寄附講座(株式会社セプトサピエ)」を設置し、トランスレーショナルリサーチを展開しています。同寄附講座の岩井聡美准教授と小林英司客員教授らは、先端の端子を増やすことで迅速性をもって均一にスプレー(放電熱)で止血凝固できる電気凝固スプレーを開発し、ブタモデルでその有効性を示しました。
実験は、まずIn vivo(生体内)で肝臓の切離面を作り新規デバイスの有効性を検証しました。次に同一の個体を犠牲死し、種々の臓器を摘出してIn vitro(体外)で焼灼(注1)深度などを病理学的に子細にスコア化して検証しました。検証は摘出した胃、腎臓、肝臓を用いて、手術熟練度の異なる3者で行いました。その結果、先端端子を増加させることにより焼灼面が広がり、また焼灼深度が施術者熟練度に依存せず極めて安全にスプレー凝固できることが判明しました。摘出臓器による焼灼試験の病理結果は、株式会社セプトサピエ(東京都瑞穂町)の動物病理のエキスパートにより盲目試験で検証されました。この実験方法は、生きた実験個体の数を可能な限り削減した実験プロトコールで行われました。さらに株式会社SCREENホールディングス(京都府京都市)と内視鏡先端から使用できるデバイスのプロトタイプを作り、他の実験で犠牲死するブタを用いて、腎臓切離部の止血操作を確認しました。このカンシ型デバイスはスプレー放電だけでなくソフト凝固に対応でき、内視鏡下手術やロボット手術にも応用可能であることを示しました。
本研究は、動物福祉に最大限配慮した動物実験であり、人のための医療機器を獣医学部で開発した産学連携の成果です。この研究成果は、2023年7月25日に欧米英文誌Heliyonにオンライン掲載されました。
■研究の背景と概要
電気外科手術装置は1920年に紹介されて以来、今日、外科手術手技の80%以上で、切開や止血コントロール、焼灼切除のために用いられています。電気メスは人体に高周波電流を流して、このときの負荷もしくは接触抵抗によってジュール熱(注2)が発生し、この熱が瞬時に細胞を加熱し爆発・蒸散することによって切開作用を、細胞の水分を蒸発させタンパク質を変性させることによって凝固作用をそれぞれ生じさせます。一方、電気メスで止血する放電凝固法では直径0.5mm以下の小血管の止血が可能であり、止血鉗子で挟み止血してから血管を電気メスで焼烙する接触凝固法では直径2mmまでの血管の止血が可能である製品があります。
本研究は、新たに開発した多方向に開口した電気凝固スプレーの先端形状の有効性をブタ実質臓器の止血モデルで検証しました。開発した多方向に開口する電気凝固スプレー先端は、折り畳み可能であるところから、開腹手術のみならず実質臓器切除を伴う内視鏡下手術にも簡便に応用可能であることを簡易な用具を改良して証明しました。
■研究の成果と意義
まず、ステンレスワイヤー(直径1mm)の先端を円形に丸め、2cmおよび4cmの長さに切断しました(図1_A)。中心に2cmのワイヤーを1本、周辺に2cmおよび4cmの6本のワイヤーを絹糸でそろえ接着剤にて固定し(図1_B)、直径8mmの円形になるように先端を展開しました(図1_C、先端が7本のものを'スプレー7'と命名)。先端スプレー数の影響を検討するため、計6本さらに4本のスプレー先端のものも作成しました(図1_D)。
この多先端スプレー先は、現在一般的に用いられているハンドコントロールメスホルダーの先端に挿入できるように太さを調整しました。高周波発生機器として、獣医臨床で現在使用しているValleylab Force FX(Valleylab Inc., Boulder, Colorado, USA)を用いました。
さらにスネアーカンシ先端を加工して、内視鏡先端から手動で開閉するカンシを作成した(図2_E)。
成熟したマイクロミニブタを十分な麻酔・鎮痛管理下にて挿管を行い、In vivo(生体内)実験として、開腹後に肝臓を露出し、肝臓の一部をメスにて切離しました。肝臓手術歴30年以上を有する熟練者が、同部を従来の電気メス先端とスプレー7でそれぞれ止血を試みました。次にこの個体から採取した肝臓、腎臓、胃を用いて、In vitro(体外)でそれぞれの先端を用いて、初心者から熟練者までの3名が組織表面を焼灼ました。焼灼深度や組織変性の程度などの病理組織学的検査(注3)は、株式会社セプトサピエの実験病理の専門医がスコア化して子細に検証しました。
In vivoの肝臓表面の止血実験では、従来の1本先端よりもスプレー7による焼灼は極めて迅速に出血面を凝固させ、止血することができました。また、スプレー7は術者による焼灼のばらつきを減少させました。外科手術歴が異なる3名がそれぞれ装置を使用した場合の焼灼の侵襲度を、病理組織学的に焼灼の深さなどを計測したところ、3名ともにばらつきが減り、外科手術を行ったことがない未経験者でも使用しやすく、安定した焼灼をすることができました。さらに、従来の1本先端よりもスプレー7において、深度が浅い傾向があり、広く浅く焼灼されることで、組織深部への熱侵襲を低減できることに加え、早期に止血できることがわかりました。
本研究では、電気メス先端を従来の単一のものから、中心部に1本、周囲に6本の合計7本のスプレー電極端子に変えることで、高周波電源によるスプレー機能を高める先端デバイスを開発しました。電気デバイスは多くの利点を有しているにもかかわらず、電気デバイスによる有害事象も多く存在しています。これらは、電気デバイスの応用性、新しいテクノロジー、潜在的な危険性を知ることで防ぐこともできると言われていますが、外科医や手術経験の浅い研修医が使用する頻度が高いにも関わらず、装置の使用方法の熟知度にも差があるといわれています。今回新規開発した先端は、術者の熟練度に関係なく均一に焼灼しやすくいことに加え、深部への損傷を軽減でき、止血時間を短縮できることを可能とし、手技や技量の差による合併症発生を低減する可能性があると考えられました。
この多先端スプレーデバイスは、先端金属にバネの性状をもたせることで、開口面積を自由に変化させることができます。先端が柔軟であることよりスプレー放電の止血だけでなく、出血部に接着させソフト凝固も可能になりました。さらに軟性内視鏡のカンシとして応用することで、鏡視下手術やロボット手術における応用も可能となると考えています(図3)。
■特記事項
本実験は、小林再生研究所合同会社(和歌山県和歌山市)の研究費によって行われました。
本実験における病理学判定は、実験動物病理の株式会社セプトサピエの専門家にお願いしました。また本多先端凝固カンシの実用化において野沢真澄博士の助言を得ました。内視鏡下手術やロボット手術を想定して先端を開口し広く出血部位を凝固できる技術として、株式会社SCREENホールディングスと知財申請を行いました。著者の虎井真司は、株式会社SCREENホールディングスの社員であり、小林英司は同社の医学アドバイザーです。
■論文情報
掲載誌: Heliyon
論文名: Direct evidence of hydrogen absorption from the skin - A pig study
(和訳) 様々な組織の電気凝固を可能にするスプレーチップの開発と実用化
著者名: Satomi Iwai, Shou Kobayashi, Shinji Torai, Eiji Kobayashi
DOI: 10.1016/j.heliyon.2023.e17771
■用語解説
(注1)焼灼
体の組織を電気や薬品で焼くことを示しています。特に、電気を用いた場合には、組織の切開や止血などの外科的治療を行うことができます。例えば、焼灼ために外科手術の領域で最も一般的に用いられている装置としては、電気メスとよばれる電気外科手術装置があります。
(注2)ジュール熱
熱や電気を比較的よく通す物質内を電流が流れるとき、電気抵抗によってその導体内に発生する熱のことを示します。この熱を利用して組織のタンパク質を変性させることによって、外科的には切開や止血といった作業を行います。
(注3)病理組織学的検査
体の臓器や皮膚などに生じた損傷部位や病気組織の一部を、肉眼だけでなく顕微鏡を用いて観察して、細胞というさらに小さな単位で詳しく調べることで、病気や損傷の状態や侵襲度などを検証することです。本研究では、わが国の獣医学部初のミニブタ研究にもとづく寄附講座開設に寄与した病理組織検査会社である株式会社セプトサピエの病理専門医が子細に評価したことにより、組織侵襲を正確かつ適確に検証することができました。
■問い合わせ先
【研究全般に関すること】
北里大学獣医学部獣医学科小動物第2研究室
准教授 岩井 聡美 (いわい さとみ)
TEL:0176-23-4371 FAX:0176-23-8703
E-mail:iwai@vmas.kitasato-u.ac.jp
【多先端凝固デバイスに関すること】
株式会社SCREENホールディングス
虎井 真司(とらい しんじ)
TEL:075-931-7925
E-mail:torai@screen.co.jp
【取材に関すること】
学校法人北里研究所 総務部広報課
〒108-8641東京都港区白金5-9-1
TEL:03-5791-6422 FAX:03-3444-2530
E-mail:kohoh@kitasato-u.ac.jp
【リリース発信元】 大学プレスセンター https://www.u-presscenter.jp/