• トップ
  • リリース
  • 東京医科大学・熊本大学・東京医科歯科大学の共同研究チーム「免疫チェックポイント阻害抗体の新たな効果判定方法を開発」〜実際の抗体の至適濃度や複数種抗体併用などin vitro効果判定に期待〜

プレスリリース

  • 記事画像1
  • 記事画像2
  • 記事画像3
  • 記事画像4
  • 記事画像5

東京医科大学・熊本大学・東京医科歯科大学の共同研究チーム「免疫チェックポイント阻害抗体の新たな効果判定方法を開発」〜実際の抗体の至適濃度や複数種抗体併用などin vitro効果判定に期待〜

(Digital PR Platform) 2023年06月07日(水)14時05分配信 Digital PR Platform



東京医科大学(学長:林 由起子/東京都新宿区)免疫学分野 横須賀忠主任教授、熊本大学大学院医学教育部博士課程4年 西航(にしわたる)大学院生、熊本大学大学院生命科学研究部呼吸器外科・乳腺外科学 鈴木実教授、東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科分子免疫学分野 東みゆき教授を中心とする研究チームは、がん特異的T細胞を抑制する免疫チェックポイント分子の集合体(PD-1マイクロクラスター)の超解像分子イメージング観察を行い、免疫チェックポイント阻害(ICB)抗体の新たなin vitro効果判定方法を開発しました。




【概要】
 東京医科大学(学長:林 由起子/東京都新宿区)免疫学分野 横須賀忠主任教授、熊本大学大学院医学教育部博士課程4年 西航(にしわたる)大学院生、熊本大学大学院生命科学研究部呼吸器外科・乳腺外科学 鈴木実教授、東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科分子免疫学分野 東みゆき教授を中心とする研究チームは、がん特異的T細胞を抑制する免疫チェックポイント分子の集合体(PD-1マイクロクラスター)の超解像分子イメージング観察を行い、免疫チェックポイント阻害(ICB)抗体の新たなin vitro効果判定方法を開発しました。この研究は日本学術振興会科学研究費補助金の支援のもとで行われたもので、その研究成果は国際科学誌 Nature Communications(IF=17.694)のオンライン版に2023年6月6日付けで掲載されました。この成果によって、ICB療法における実際の抗体の至適濃度や複数種の抗体を併用する以前の、より科学的な検証が期待できます。

【本研究のポイント】
●ヒトの免疫チェックポイント分子PD-1で構成されるT細胞抑制性シグナル伝達分子の集合体「PD-1マイクロクラスター」の1細胞1分子観察に成功しました。
●治療で使用される免疫チェックポイント阻害(ICB)抗体の、PD-1-PD-L1/L2結合に対する阻害効果を、分子イメージングによる新しい手法で評価しました。
●抗PD-1抗体および抗PD-L1抗体はそれぞれのクローンによって、PD-1-PD-L1結合を阻害するために必要とする濃度にばらつきがあることが分かりました。
●抗PD-1抗体と抗PD-L1抗体とを組み合わせることで、より低濃度でも抗腫瘍効果が発揮できる可能性が見出されました。
●分子イメージング法を用いることで、治療で使われているICB抗体の必要最少濃度を再評価し、より至適濃度での使用の可能性が生まれました。

【研究の背景】
 私達の体内では1日に3,000個のがん細胞が生まれていますが、発がんには至りません。「免疫監視」と呼ばれるチェック機構が働き、免疫細胞が小さながんの芽を摘んでいるからです。がんに近い所属リンパ節では、がんの抗原が免疫細胞、特にT細胞へと提示され、活性化したT細胞は体内を循環し、がん細胞に遭遇するとこれを殺します。この好循環は、「がん免疫サイクル」と呼ばれています(図1)。しかし、ひとたび体力が衰えたり、がんが少し大きくなったりすると、がんは周囲を自らにとって住みやすい環境に作り変える、いわゆる「がん微小環境」を構築します。このようにがん免疫サイクルが破綻することで、がん細胞は急速に成長し発がんに至ります。

 2018年にノーベル医学・生理学賞を受賞した免疫チェックポイント分子阻害(ICB)療法は、これまで治療の選択肢がなかった末期がん患者に対する奏効率から、2014年に日本国内で認可されると瞬く間にがんの標準治療になりました。がん微小環境が成立する最も重要な原因は、腫瘍に浸潤したT細胞(TIL)に高発現する免疫チェックポイント分子PD-1と、腫瘍が高発現するPD-1のリガンドPD-L1との結合です。ICB抗体は、この結合を阻害し、疲弊状態に陥っていたTILのPD-1抑制シグナル(T細胞へのブレーキ)を解除し、抗腫瘍効果を復活させます。
 日本で認可されているICB抗体には、抗PD-1抗体2種類(nivolumab, pembrolizumab)と抗PD-L1抗体3種類(durvalumab, atezolizumab, avelumab)とがあります。癌種、進行度、前治療の効果などによる使い分けはありますが、投与量も含めて、なぜこの抗体をこの投与量で使用するのか、科学的な根拠は不明な点も多く残されています。ICB療法の効果判定は既存の化学療法との比較が多く、それぞれのICB抗体同士を比較した治験はありません。また、投与量も多くは第1相試験で用いられた投与量が踏襲され、致命的な副作用が現れない過剰量が用いられる場合もありますし、実際にICB抗体間でも差があります。
 このような問題が生じる理由の1つとして、臨床試験の複雑さがあります。治療効果が確定していない新薬を実際の患者さんに試すことは、倫理的にも不利益にならない条件設定が必須ですし、莫大な費用も必要です。どのような癌種や病態の時に、どの抗体をどれだけ投与すれば効果が期待できるかなどの細かい条件設定を治験に組むことは現実的には不可能です。効果判定予測の精度を上げるシミュレーションなどが進むと同時に、薬剤効果を治験の前段階にin vitroの実験系で評価するプロセスは益々必要とされています。
 本研究室はこれまで、抗原提示細胞やがん細胞の細胞膜を模倣した人工平面脂質膜(SLB)と超解像顕微鏡とを用いることで、1分子レベルの解析も可能な独創的かつ先端的な分子イメージングシステムを構築してきました(図2)。

 このシステムを用いて、マウスPD-1とPD-L1とが結合してできるPD-1の集合体「PD-1マイクロクラスター」がT細胞受容体(TCR)シグナルを抑えT細胞を疲弊状態に陥らせている現象を解明し、高い評価を得ています。本研究では、この分子イメージングシステムを全てヒトPD-1観察用にバージョンアップし、上記の未解決問題であるICB治療抗体のPD-1-PD-L1結合阻害効果を直接比較し、実際に必要とされる投与量の算出や、より効率的なICB抗体の組み合わせの提案など、より臨床に必要とされる基盤情報の提案を目指しました。

【本研究で得られた結果・知見】
 今回、ヒトPD-1マイクロクラスターを可視化し、さらに実際に医療で使用されているICB抗体のPD-1阻害効果を検証するため、ヒトPD-1の1細胞1分子イメージングの新たな実験系を確立しました。まず、ヒトPD-1リガンドであるヒトPD-L1もしくはヒトPD-L2を組み入れた「人工がん細胞脂質二重膜」を作成し、その上にヒトPD-1を発現しているT細胞をのせ、ヒトPD-1の挙動を観察しました。T細胞は数分をかけて脂質二重膜に接着し、その接着面に連続的に形成される、PD-L1との結合を機にヒトPD-1分子が数十個集まったクラスターが観察されました(図3)。

 PD-1のクラスターは、同時にMHCとの結合を機にできるTCRの凝集「TCRマイクロクラスター」と同じ位置に形成されるだけでなく(図4段、赤は数十個のTCR分子のクラスター、緑は数十個のPD-1分子のクラスターを示します。重ね合わせ像ではTCRとPD-1が重なり黄色になります。)、TCRシグナルを抑制する脱リン酸化反応を担う酵素(フォスファターゼ)SHP2を呼び寄せ(図4中段、赤はPD-1のクラスター、緑はSHP2のクラスターを示します。)、TCRマイクロクラスターで起きているリン酸化反応を減弱させました(図4下段、PD-L1の有無にかかわらず、抗原があれば水色のTCRはクラスターを作ります。PD-L1があると緑のPD-1はクラスターを形成しますが、活性化を示す赤のリン酸化CD3は消失し、PD-1のクラスター形成とリン酸化CD3が逆相関していることが分かります。)。この実験から、ヒトPD-1もマウスPD-1と同様に「抑制性PD-1マイクロクラスター」としてT細胞を抑制・疲弊させることが分かりました。

 図4の人工がん細胞脂質二重膜を用いた実験系に、実際に臨床で使用されているICB抗体を加え、PD-1マイクロクラスターの有無を観察しました。それぞれの抗体を添加することでPD-1マイクロクラスターの解離、つまりT細胞抑制の解除、疲弊からの回復が確認されましたが、それぞれの抗体では必要とする最低濃度に差があることが分かりました(図5)。また、これらの濃度はサイトカイン産生能やがん抗原特異的細胞傷害活性などT細胞機能回復に必要する抗体濃度と一致していました。ゆえに1細胞1分子イメージングはT細胞機能も反映していること、また、これまで直接比較がされていない種々のICB抗体には機能的な差があることが分かりました。

 図5の実験から算出された各ICB抗体の至適濃度に基づき、2つの抗体を組み合わせて用いた場合どのペアがよりT細胞疲弊を回復させるか検討しました。まず最大効果の20%の効果が期待される抗体必要量(EC20)を用いて、1細胞1分子イメージング観察を行ったところ、抗PD-1抗体と抗PD-1抗体とのペア、あるいは抗PD-L1抗体と抗PD-L1抗体とのペアよりも、抗PD-1抗体と抗PD-L1抗体など異なる抗原性をもつ抗体の組合せの方が、よりPD-1マイクロクラスターを解離させることが分かりました(図6上段)。同様に50%の効果が期待される抗体必要量(EC50)の組み合わせでサイトカイン産生能を検討しても、異なる抗原性をもった抗体の組合せの優位性が確認されました(図6下段)。

【今後の研究展開および波及効果】
 現在治療に使われている免疫チェックポイント分子阻害(ICB)抗体には、(1)標的抗原や、(2)抗原結合部位(エピトープ)の違いの他、(3)アイソフォーム、(4)抗体依存性細胞傷害活性(ADCC)の有無、(5)ヒト化抗体へのキメラ化などの違いにより、それぞれ機能的特徴があると考えられています(図7)。特にアイソフォームやADCC活性の有無の違いは、ICB抗体の生体内での動態に強く影響します。これらの点を考慮すると、本研究のようなin vitroの実験系で導き出された結果には、実臨床に即さない側面も残されています。しかし、実際にヒトに投与する治験では細かな条件設定が難しいこと、また新規治療薬同士を直接比較することは社会的にも困難です。ゆえに、本研究でその有用性を実証した1細胞1分子イメージングシステムを用い、抑制性PD-1マイクロクラスターの動態を観察することは、in vitroで行える簡便な機能評価として、新規開発薬のドラッグスクリーニングにおける強力なツールと考えます。この「人工がん細胞脂質二重膜」はキメラ抗原受容体(CAR)-T細胞や二重特異性抗体(BiTE)へも応用でき、今後がん治療における新規生物製剤やデザイン開発においても応用が期待されます。

【掲載誌名・DOI】
掲載誌名:Nature Communications
DOI:10.1038/s41467-023-38512-7

【論文タイトル】
Evaluation of therapeutic PD-1 antibodies by an advanced single-molecule imaging system detecting human PD-1 microclusters

【著者】
Wataru Nishi, Ei Wakamatsu, Hiroaki Machiyama, Ryohei Matsushima, Kensho Saito, Yosuke Yoshida, Tetsushi Nishikawa, Tomohiro Takehara, Hiroko Toyota, Masae Furuhata, Hitoshi Nishijima, Arata Takeuchi, Miyuki Azuma, Makoto Suzuki, Tadashi Yokosuka

【主な競争的研究資金】
 本研究は、文部科学省基盤研究(JP25113725, JP15H01194, JP16H06501, JP17H03600, JP19K22545, JP20H03536, JP23H02775)、さきがけ慢性炎症(U1114011)、新学術領域「ネオ・セルフ」(JP16H06501)、学術変革A「自己指向性免疫」(JP23H04790)、「私立大学戦略的研究基盤形成支援事業」(S1511011)、内藤記念科学振興財団、武田科学振興財団の支援を受けています。


▼本件に関する問い合わせ先
企画部 広報・社会連携推進室
住所:〒160-8402 東京都新宿区新宿6-1-1
TEL:03-3351-6141
メール:d-koho@tokyo-med.ac.jp


【リリース発信元】 大学プレスセンター https://www.u-presscenter.jp/

このページの先頭へ戻る