プレスリリース
藤田医科大学(愛知県豊明市沓掛町田楽ヶ窪1番地98)臨床遺伝科 池田真理子准教授と分子遺伝学院生Sarantuya Enkhjargal氏、倉橋浩樹教授らの研究グループは、本邦で特に多い福山型筋ジストロフィーの重症型(イントロン5の深部変異)でみられる遺伝子の変化に着目し、メッセンジャーRNAの解析を通して、アンチセンス核酸※1での治療法の検討を行いました。その結果、多数設計した核酸配列のうちA-O15がその変化を是正し、正常なタンパク質を回復、福山型で欠損するαジストログリカンタンパク質の糖鎖を回復させることを突き止めました。これらの成果により、今後、本治療法が重症型の遺伝子変化をもつ患者さんの根治治療法となる可能性が期待されます。
本研究成果は、英国 オックスフォード大学の学術ジャーナル「Human Molecular Genetics」(12月号)で発表され、併せてオンライン版が2022年11月25日に公開されました。
論文URL : https://doi.org/10.1093/hmg/ddac286
<研究成果のポイント>
福山型筋ジストロフィーの中でも重症型とされるイントロン5の遺伝子変異に対する治療法を世界で初めて発見。
イントロン5の遺伝子変異により、患者さんではメッセンジャーRNAが壊されてしまうが、アンチセンス核酸を投与することより、正常のメッセンジャーRNAが回復し、それにより失われていたαジストログリカンの糖鎖と筋管の機能が回復することを細胞レベルで証明した。
アンチセンス核酸の治療法が重症型の福山型筋ジストロフィーに対する新規治療法となる可能性がある。
<背 景>
福山型筋ジストロフィー(Fukuyama Congenital Muscular Dystrophy, FCMDと略)は日本人に特に多い難病です。幼児期に発症する筋ジストロフィー※2以外に心筋・大脳・目にも症状をきたします。FCMDではフクチン遺伝子に変化がおきることで、骨格筋・大脳の表面にある膜タンパク質であるαジストログリカン上にある糖鎖の量が低下しています。 FCMD患者さんのほとんどは、両親からそれぞれ、100世代前から受け継がれた共通の遺伝子の変化を受け継ぎ発症します(ホモ型)が、一部の患者さんは、両親の一方から、ホモ型と共通の変異を受け継ぎ、他方から「イントロン5※3の変化」を受け継ぎ発症します(ヘテロ型)。このイントロン5の変異は本邦でも2番目に多いヘテロ型の変異で、メッセンジャーRNAの形を壊してしまう重篤な変化であるため、フクチンタンパク質が正常に機能しなくなり、筋ジストロフィーや脳の形成異常、網膜剥離などの症状がひき起こされます。この変化は韓国の研究グループによって見つけられました。共通の遺伝子変異を二つもつホモ型の典型例と比べると症状が重いことが知られています。
<研究手法・研究成果>
その遺伝子変異からできるメッセンジャーRNAは、余計なエクソンを作ってしまうことがわかっていました。余計なエクソン配列は本来あるべき遺伝子暗号とは違う配列のため、設計図が変わることで正常のアミノ酸を作ることができず、フクチンタンパク質が正常に作られなくなります。メッセンジャーRNAはそのようなミスがみつかると破壊されるしくみが体に備わっているため、「メッセンジャーRNA 崩壊」が引き起こされます。そこでメッセンジャーRNAが作られる一歩手前の段階で余計なエクソンを作れないようにエクソンを飛ばしてしまう治療法を考えました(図1)。「エクソンスキップ療法※4」です。Sarantuya Enkhjargal氏と池田准教授らは、その遺伝子変異からできるメッセンジャーRNAの配列を治すために、アンチセンス核酸というDNAやRNAに類似した短い配列の薬を作成しイントロン5の変化がもたらすメッセンジャーRNAの崩壊を止める治療を試みました。いくつかの候補配列のうち、特に効果の強いアンチセンス核酸は、イントロン5に変異をもつ患者さんの細胞(リンパ芽球や線維芽細胞、筋細胞)に投与すると、壊されていたタンパク質が回復し、αジストログリカンの糖鎖が回復しました(図2)。池田准教授らは2011年にホモ型の治療法の可能性としてアンチセンス核酸を提唱(2011 Nature)、この治療法は動物実験も成功し2021年よりfirst in human 試験が行われていますが、その治療法はエクソントラップ阻害という方法を使用しています。今回の治療法はエクソンスキップ療法で治療の標的は少し異なりますが、RNAを治療するという方向性は類似しており、今後動物実験などでの検証が待たれます。
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図1 健常者のスプライスパターンと患者さんで起きるスプライス異常を
エクソンスキップ療法により治療する概略図
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図2 核酸治療薬により、患者筋線維では消失しているαジストログリカン糖鎖(赤色)と
ラミニン結合能(緑)が回復することが示された
<今後の展開>
福山型筋ジストロフィーは日本人に特有の病気であり、なかなか海外からは治療法が見つかりにくいといえます。イントロン5に変化をもつ患者さんの頻度はホモ型患者さんに比べると少ないのですが、より重い症状をもつ患者さんに対しての新たな治療法であり、その効果が期待されます。また本変異は韓国で最初に報告され、海外にもこの変異をもっている患者さんの報告があります。日本だけでなく世界に分布する福山型筋ジストロフィーにも効果がある可能性があり、今後細胞実験だけでなく、動物やiPS細胞などでの治療効果の検証・研究が継続される予定です。
<用語解説>
※1 アンチセンス核酸
RNAとDNAはとても強く結合します。メッセンジャーRNAは私たち生命体の設計図であるDNAから転写されたブルーコピーであり、そのコピーをもとにアミノ酸やタンパク質が作られます。その暗号に対し、アンチセンス核酸といってDNAやRNAに類似した配列を結合させることで、ブルーコピーから翻訳されるアミノ酸の配列を操作することができます。実際に医薬品として使用されるアンチセンス核酸は本来のRNAやDNAを補強し分解されにくく加工していますが、抗体が産生されにくいため、副作用は少ないとされています。
※2 筋ジストロフィー
骨格筋の 壊死 ・再生を主病変とする遺伝性筋疾患の総称です。とくに福山型筋ジストロフィー(FCMD)は本邦で二番目に多い小児期発症の筋ジストロフィーで、骨格筋以外に目や大脳・小脳の形成異常をきたします。日本人の90人に1人がその遺伝子異常の保因者であるとされ、国内に約1000〜2000名の患者がいるといわれています。乳幼児期に、首がすわらない、からだが“だらん”としている、などの筋力低下で気づかれることが多く、また大脳MRIで特徴的な大脳や小脳の形成異常が認められます。原因遺伝子であるフクチン遺伝子の遺伝子検査により診断されます。筋以外に大脳の形成異常による知的発達の遅れやてんかん、不眠症などを伴います。最も多くみられる遺伝子の変化を正常型にもどすアンチセンス核酸(池田准教授ら、2011年に総合学術雑誌「Nature」に報告)による臨床治験が開始されたところですが、今回報告するイントロン5変異に対して確立された治療法はありません。特に、大脳の形成異常や目の症状はイントロン5変異を持つ患者さんでやや症状が重いことが知られています。
※3 エクソンとイントロン
私たち生物はみな体の遺伝情報が書かれた「遺伝子」をつくるための「核酸」によって構成される設計図をもっています。遺伝子はエクソンとイントロンという部分にわかれています。エクソンは実際に私たちの体をつくるためのアミノ酸の暗号が記されていますが、イントロンは介在配列ともよばれ、直接のアミノ酸の暗号はありませんが、エクソンとエクソンの間に存在しています。エクソンは遺伝子のうち約1〜2%とされ、イントロンはその残りの大部分を占めています。イントロンの役割は、未解明な部分もありますが、エクソンがきちんと設計図から読まれるために重要な役割を果たす影武者的な存在です。ですからイントロンに変化が入ってしまうことで、本来のエクソンの機能が失われたり、遺伝子が破壊されたりします。
※4 エクソンスキップ療法
神戸大学大学院名誉教授の松尾雅文先生が世界に先駆け発見した、現在はデュシェンヌ型筋ジストロフィーに行われている治療法です。DNAからメッセンジャーRNAとして読みとられる配列のうち、アンチセンス核酸を用いて特定の配列を読み飛ばすように操作できる治療法です。
<文献情報>
●論文タイトル
Antisense oligonucleotide induced pseudoexon skipping and restoration of functional protein for Fukuyama muscular dystrophy caused by a deep-intronic variant
●著者
池田真理子1、Sarantuya Enkhjargal2、菅原佳奈1、小清水久嗣3、倉橋浩樹2ら
●所属
1 藤田医科大学病院 臨床遺伝科
2 藤田医科大学 分子遺伝学
3 藤田医科大学 研究推進本部
●DOI
10.1093/hmg/ddac286
本件に関するお問合わせ先
学校法人 藤田学園 広報部 TEL:0562-93-2868 e-mail:koho-pr@fujita-hu.ac.jp