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日本電信電話株式会社

世界初、超伝導量子ビットの寿命を制限する欠陥の検出・識別に成功 〜実用的な量子プロセッサ実現に向けて前進〜

(Digital PR Platform) 2022年12月22日(木)00時00分配信 Digital PR Platform

 日本電信電話株式会社(本社:東京都千代田区、代表取締役社長:島田 明、以下「NTT」)と国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」)は、超伝導磁束量子ビット※1を用いて、量子ビットの寿命を制限する2準位欠陥※2を検出・識別することに成功しました。
 量子コンピュータ実現に向けて、超伝導量子ビットは最も有望な構成要素の一つです。しかし、超伝導量子ビットに関する研究開発の著しい発展にもかかわらず、誤り耐性量子計算※3が困難である理由の一つは、量子ビットが量子情報を保持することのできる時間(寿命)の短さにあります。この量子ビットの寿命を制限している大きなノイズ源が、量子ビットを構成するジョセフソン接合※4の電荷揺らぎを引き起こす、2準位欠陥です。したがって、2準位欠陥の特性を理解し、低減することが、誤り耐性型量子計算に向けた超伝導量子プロセッサの進展に必要です。
 本研究では、理論的に予想されていたタイプの異なる2準位欠陥を実験的に識別する方法を提案し、実証しました。本手法により深まった欠陥の特性に対する理解を、試料作製にフィードバックし、作製プロセスや材料を最適化することにより、限りなく欠陥を少なくした長寿命な量子ビットの実現が期待されます。
 本研究は、米国東部時間2022年12月21日、米国科学誌PRX Quantumにオンラインで掲載されました。
 

[画像1]https://user.pr-automation.jp/simg/2341/66527/700_287_2022122018525963a185fbef6a7.png

図1 本研究概要。超伝導量子ビットを構成するジョセフソン接合中の絶縁体には様々な2準位欠陥が存在します。本研究では、2準位欠陥と量子ビットの結合タイプを識別する新しい方法を見出しました。
 
1.研究の背景
 従来のコンピュータは、近い将来、回路上の集積化による特性向上が物理的な限界を迎えると考えられており、新しい原理で動作するコンピュータの研究が注目を集めています。特に、量子コンピュータはこれまであまり活用されてこなかった量子力学の世界で現れる重ね合わせやもつれ状態を積極的に利用し、従来のコンピュータが苦手とする大規模検索や因数分解などに威力を発揮すると期待されています。量子コンピュータの基本要素である量子ビットは、様々な物理系が研究されていますが、超伝導量子ビットは最も有力な候補の一つです。
 超伝導量子ビットに関する研究開発の著しい発展にもかかわらず、誤り耐性量子計算が困難である理由の一つは、量子ビットの寿命の短さにあります。この量子ビットの寿命を制限している大きなノイズ源が、2準位欠陥です。そこで、2準位欠陥の特性を理解し低減することが、誤り耐性量子計算実現に向けた一つの課題となっています(図1)。

2.研究の成果
研究グループは、超伝導量子ビット中に存在する異なるタイプの2準位欠陥(電荷型*5と臨界電流型*6)を検出・識別する方法を提案し、実証実験を行いました(図2)。これまでも2準位欠陥はいくつかの方法で検出されており、異なるタイプの存在も理論的に予想されていましたが、実験で検出・識別されたのは初めてです。
 

[画像2]https://user.pr-automation.jp/simg/2341/66527/700_245_2022122018530063a185fc12b28.png

図2 超伝導量子ビットの寿命を制限する2準位(TLS)欠陥の識別実験。δn 、δIc はジョセフソン接合の電荷揺らぎと臨界電流揺らぎを、AlOxは絶縁体の材料である酸化アルミニウムを表す。

2.1 2準位欠陥の検出条件
 超伝導量子ビットと2準位欠陥の結合には、主に電荷型と臨界電流型の2種類のタイプが存在します。電荷型では、2準位欠陥の電荷揺らぎがジョセフソン接合の電荷の変位を引き起こすことで2準位欠陥と量子ビットが結合します(図3a)。臨界電流型では、2準位欠陥の電荷揺らぎがジョセフソン接合の臨界電流の変化を引き起こすことで2準位欠陥と量子ビットが結合します(図3b)。
 
 電荷型の2準位欠陥は、量子ビットの1励起と2準位欠陥の1励起が共鳴することにより、検出されます(図3c)。ここで、両者の周波数の差ωqb-ωTLS は、マイクロ波ドライブによる量子ビットの周波数シフトΩR で補われます。一方、臨界電流型の2準位欠陥は、量子ビットの2励起と2準位欠陥の1励起が共鳴することにより検出されます(図3d)。この検出条件の違いを見出したため、異なるタイプの結合を識別することが可能となりました。
 

[画像3]https://user.pr-automation.jp/simg/2341/66527/700_379_2022122018525963a185fbd6031.png

図3 (a) 電荷型の2準位欠陥 (b) 臨界電流型の2準位欠陥 (c) 電荷型の2準位欠陥の検出条件 (d) 臨界電流型の2準位欠陥の検出条件。ΩR 、ωqb 、ωTLS は、それぞれマイクロ波強度、量子ビットの遷移周波数、2準位欠陥の遷移周波数を表す。

2.2 2準位欠陥のスペクトル測定
 上述の検出条件の違いは、2準位欠陥のスペクトルを測定することにより可視化することができます。ここでは、磁束量子ビットに印加する磁束を少しずつ変えながら、2準位欠陥のスペクトルを測定しました(図4b, c)。図4cに示した1-3の2準位欠陥(TLS1-3)は、図4aの量子ビットのスペクトルと同じ曲率を示していることから、量子ビットの1励起と2準位欠陥の1励起が共鳴する電荷型の2準位欠陥であることが分かります。一方、図4cに示した4, 5の2準位欠陥(TLS4, 5)は、量子ビットスペクトルの2倍の曲率を示していることから、量子ビットの2励起と2準位欠陥の1励起が共鳴する臨界電流型であることが分かります。
 

[画像4]https://user.pr-automation.jp/simg/2341/66527/700_227_2022122018530063a185fc08734.png

図4 (a) 磁束量子ビットのマイクロ波吸収スペクトル (b) 2準位欠陥のスペクトル(実験) (c) 2準位欠陥のスペクトル(実験+フィッティング)。値の絶対値をプロットしているため、向きは逆になるが、曲率と傾きで判別している。

3.技術のポイント
(1) 超伝導量子ビットと2準位欠陥の結合モデルを詳細に解析し、結合タイプごとに異なる検出条件を導き出すことで、実験で識別可能であることを示しました。
(2) 超伝導量子ビットの遷移周波数を制御しながら、2準位欠陥のスペクトルを測定することにより、量子ビットと2準位欠陥の結合タイプの違いをスペクトル上で可視化することに成功しました。

4.今後の展開
 今回の成果により、量子ビットの周波数を掃引することで、異なるタイプの2準位欠陥を識別することが可能となりました。本研究を進めることで、欠陥の特性の解明が大幅に促進されます。さらに、その結果を試料作製にフィードバックし、作製プロセスや材料を最適化することにより、欠陥のない長寿命な超伝導量子ビットの実現をめざします。
 また、短期的な応用として2準位欠陥によるノイズのモデル化が可能となることから、現状の量子コンピュータの性能向上に向けた、量子ビットのゲート操作最適化への適用についても研究を進め、誤り耐性型量子コンピュータの実現をめざします。

本研究への支援
 本研究の一部は科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)「量子状態の高度な制御に基づく革新的量子技術基盤の創出(研究総括:荒川泰彦)」研究課題「超伝導量子ビットを用いた極限量子センシング(研究代表者:齊藤志郎)」(No.JPMJCR1774)および、科学技術振興機構(JST)ムーンショット型研究開発事業「2050年までに、経済・産業・安全保障を飛躍的に発展させる誤り耐性型汎用量子コンピュータを実現(PD:北川勝浩)」研究開発プロジェクト「超伝導量子回路の集積化技術の開発(PM:山本剛)」研究開発課題「超伝導共振器を用いたボゾニックコードの研究開発(課題推進者:齊藤志郎)」(No. JPMJMS2067))の支援を受けて行われました。

論文掲載情報
掲載誌: PRX Quantum
論文タイトル: “Identification of different types of high-frequency defects in superconducting qubits”
著者: Leonid V. Abdurakhimov, Imran Mahboob, Hiraku Toida, Kosuke Kakuyanagi, Yuichiro Matsuzaki, and Shiro Saito

<用語解説>
1.超伝導磁束量子ビット
複数のジョセフソン接合を含む超伝導ループで構成される超伝導回路で、適切な磁場バイアスをかけることで右回り電流状態と左回り電流状態の二つの状態を量子2準位系として扱うことができます(図5参照)。


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図5 超伝導磁束量子ビット。JJはジョセフソン接合を表す。

2.2準位(Two Level System, TLS)欠陥
ジョセフソン接合の絶縁体や超伝導薄膜表面に存在する酸化膜中には、図6cに示すような様々な欠陥が存在し、電荷の揺らぎを引き起こします。この欠陥を単純化したモデルが2準位欠陥です。このモデルでは、欠陥を、空間的に安定な二つの地点を移動する電荷として扱います。
 

[画像6]https://user.pr-automation.jp/simg/2341/66527/600_381_2022122018525963a185fbdecdc.png

図6 (a) ジョセフソン接合の断面図 (b) 理想的なジョセフソン接合 (c) 2準位欠陥の起源

3. 誤り耐性量子計算
外的なノイズに弱い「重ね合わせ状態」で表現される論理量子ビットの誤りを訂正・抑制しながら行う量子計算。量子誤り訂正や量子誤り抑制などの方法で多数の量子ビットから一つの論理量子ビットを構成し、量子計算を行います。

4. ジョセフソン接合
極めて薄い絶縁膜を二つの超伝導体で挟んだ構造(図6)。超伝導体の位相に対して非線形な超伝導電流が流れるため、超伝導量子回路における非線形素子として利用されます。超伝導量子ビットにおいては、超伝導体としてアルミニウム、絶縁膜として酸化アルミニウムが多く利用されます。

5. 電荷型
超伝導量子ビットと2準位欠陥の結合のタイプを表しています。電荷型では、2準位欠陥の電荷揺らぎがジョセフソン接合の電荷の変位を引き起こすことで2準位欠陥と量子ビットが結合します(図3a)。電荷型の2準位欠陥は、量子ビットの1励起と2準位欠陥の1励起が共鳴することにより、検出されます(図3c)。

6. 臨界電流型
超伝導量子ビットと2準位欠陥の結合のタイプを表しています。臨界電流型では、2準位欠陥の電荷揺らぎがジョセフソン接合の臨界電流の変化を引き起こすことで2準位欠陥と量子ビットが結合します(図3b)。臨界電流型の2準位欠陥は、量子ビットの2励起と2準位欠陥の1励起が共鳴することにより検出されます(図3d)。


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