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日本電信電話株式会社

量子光のパルス波形を自在に制御する手法を開発 〜光量子コンピュータの基幹となる「究極の量子光源」実現へ〜

(Digital PR Platform) 2022年10月29日(土)03時00分配信 Digital PR Platform

発表のポイント:

目的に応じて量子光のパルス波形を自在に制御する手法を、量子もつれを利用して開発しました。
本手法により、大規模光量子コンピュータの作動に必要な特殊なパルス波形を持つ量子光を生成しました。
この成果は汎用性の高い「究極の量子光源」の開発につながり、光量子コンピュータをはじめとするさまざまな量子技術の実現に貢献すると考えられます。

 レーザーの発明が科学技術の発展に大きく貢献したように、優れた光源の開発は知的フロンティアを開拓する原動力になります。レーザー光を任意のパルス(注1)波形で出力する「任意波形発生器(AWG: Arbitrary Waveform Generator)」は現時点で最も汎用性の高い光源の一つですが、古典光であるレーザー光のみを扱うという性質上、量子技術(注2)への応用には限界があります。量子技術の開発という現代科学の重要な課題に挑むには、量子光(注3)を自在に出力する新しい光源が必要となるでしょう。
 今回、国立大学法人東京大学(以下、東京大学)の高瀬寛助教と古澤明教授らは、日本電信電話株式会社(以下、NTT(エヌティーティー))、国立研究開発法人情報通信研究機構(以下、NICT(エヌアイシーティー))、国立研究開発法人理化学研究所の研究チームと共に、あらゆる量子光を所望のパルス波形で出力する光源である「量子任意波形発生器(Q-AWG: Quantum Arbitrary Waveform Generator)」(図1)を提唱し、その核心となる技術である量子光のパルス波形を自在に制御する手法を実現しました(図2)。これにより、現在開発が進んでいる大規模光量子コンピュータ(注2)の作動に必要な、特殊なパルス波形を持つ量子光の生成に初めて成功しました(図3)。今回実現したシステムの拡張により量子任意波形発生器を開発すれば、光量子コンピュータをはじめとするさまざまな量子技術の実現に貢献する「究極の量子光源」になると期待されます。
 本研究成果は、2022年10月28日(米国東部夏時間)に米国科学誌「Science Advances」のオンライン版に掲載されます。

1.研究背景
 優れた光源の開発は、最先端科学の研究から産業的利用にわたる幅広い領域で重要な意味を持ちます。レーザーの発明が科学技術を大きく発展させたことはその好例です。現代において最も汎用性の高い光源の一つは、レーザー光を任意のパルス波形で出力する任意波形発生器(AWG)です。AWGは目的に応じてパルス波形を最適化することで、高速光通信から分子・原子レベルの物質制御などさまざまな応用における課題を解決することができます。
 このようにAWGは光を自在に操る優れた光源に見えますが、レーザー光という古典的な光しか出力できないという明確な制約を抱えています。そのため、AWGを先進的な量子技術の開発に利用するのには限界があります。光量子コンピュータや量子ネットワーキング、量子計測といった量子技術では、スクイーズド光や光子数状態、シュレディンガーの猫状態(注4)といった多様な量子光を出力できる量子光源が必要になります。またこうした量子技術においても、パルス波形を工夫することでさまざまな技術的恩恵を得られることが知られています。したがって、任意の種類の量子光を出力でき、かつAWGのようにそのパルス波形を自在に制御できる汎用的な量子光源が実現できれば、量子技術の発展に大きく貢献すると考えられます。

2.研究内容
 本研究グループは、任意の量子光を任意のパルス波形で出力する量子任意波形発生器(Q-AWG)という光源を提唱し、Q-AWGの核心技術である量子光のパルス波形を自在に制御する手法を開発しました。この手法を用いて、現在開発が進んでいる大規模光量子コンピュータの作動に必要な、特殊なパルス波形を持つ量子光の生成に初めて成功しました。

 Q-AWGの実現に向け、本研究でまず行ったのが、量子光への損失を抑えつつパルス波形を制御する手法の考案です。レーザーのような古典光は損失を受けても物理的性質が変化せず、光増幅器を用いれば元の状態に戻すことができます。よって古典光のみを扱うAWGでは、損失の大きな光フィルタにレーザー光を入射することで簡単にパルス波形を制御できました。一方で量子光は損失に非常に弱く、損失により量子光特有の物理的性質がみるみる失われていきます。しかも損失を受けた量子光は基本的に元の状態に復元できず、利用することができなくなります。したがってQ-AWGでの量子光のパルス波形制御は、AWGで用いられる大きな損失を前提とした方法は利用できず、全く異なる方法論を導入する必要がありました。そこで本研究は、量子もつれ(注5)を介してパルス波形を自在に制御する新しい手法を考案しました。
 例として、光1と光2に量子もつれがある場合を考えます(図2)。光2を光子検出器(注6)に入射すると、光子が検出されたタイミングで光1側に狙った量子状態が生成されます。ここで光子検出器の前に光フィルタを設置することで、生成される量子光のパルス波形を指定することができます。特に量子もつれのある光の周波数帯域を広くすることで波形制御の分解能が上がり、任意のパルス波形を実現できます。この方法では実際に目的の量子光が生成される光1側に光フィルタを設置する必要がないため、量子光への損失を抑えたままパルス波形の制御が可能になります。

 提案手法の実証には、東京大学とNTTで共同開発した広帯域スクイーズド光源と、東京大学とNICTで共同開発した超伝導光子検出器を利用しました(図4)。実験では、スクイーズド光とビームスプリッタにより量子もつれのある光を生成し、そこに光フィルタと光子検出器を組み合わせることで、シュレディンガーの猫状態と呼ばれる量子光をバランス型タイムビン(time-bin)波形のパルスとして生成することに成功しました(図3)。現在開発が進んでいる大規模光量子コンピュータは、複数の量子光が互いに悪影響を及ぼさないようにバランス型タイムビン波形のパルスを利用することを仮定しています。これまでこの特殊なパルス波形の実現方法は知られておらず、本研究が初めての実証例となりました。この成果は、今回提案したパルス波形制御手法の柔軟性の高さ、そして量子技術開発における実用性を示していると言えます。

3.今後の展望・社会的意義
 今回実装したシステムを拡張するとシュレディンガーの猫状態以外にも一般的な量子光が生成可能になり、Q-AWGの実現につながります。Q-AWGの最大の価値は、その汎用性にあります。光量子コンピュータが非常に特殊なパルス波形を要求しているように、量子技術の実現には多種多様な量子光やパルス波形を必要とします。しかも、研究の進展によりその要求内容は次々と変わっていくことでしょう。Q-AWGはこうした時々のニーズにも柔軟に対応できる汎用型の量子光源です。本研究を応用してQ-AWGが実現すれば、究極の量子光源として光量子コンピュータをはじめとするさまざまな量子技術の開発を促進すると期待できます。

本研究への支援
 本研究は国立研究開発法人科学技術振興機構ムーンショット型研究開発事業 ムーンショット目標6「2050年までに、経済・産業・安全保障を飛躍的に発展させる誤り耐性型汎用量子コンピュータを実現」 (プログラムディレクター:北川 勝浩 大阪大学 大学院基礎工学研究科 教授)研究開発プロジェクト「誤り耐性型大規模汎用光量子コンピュータの研究開発(JPMJMS2064)」(プロジェクトマネージャー(PM):古澤 明 東京大学 大学院工学系研究科 教授)、「ネットワーク型量子コンピュータによる量子サイバースペース(JPMJMS2066)」(PM:山本 俊 大阪大学 大学院基礎工学研究科/量子情報・量子生命研究センター 教授)による支援を受けて行われました。

古澤PMコメント
 光量子コンピュータのプロセッサ部分の開発はこれまでに大きく進展してきましたが、そこにどのように強い量子性を導入し、実用的なシステムにするかが課題でした。今回の成果は量子光のパルス波形をプロセッサに最適化することでこの課題を解決するもので、実機の開発など社会実装への展望を開く画期的な発明と言えます。

発表雑誌
雑誌名:「Science Advances」(オンライン版:10月28日)
論文タイトル:Quantum arbitrary waveform generator
著者:Kan Takase*, Akito Kawasaki, Byung Kyu Jeong, Takahiro Kashiwazaki, Takushi Kazama, Koji Enbutsu, Kei Watanabe, Takeshi Umeki, Shigehito Miki, Hirotaka Terai, Masahiro Yabuno, Fumihiro China, Warit Asavanant, Mamoru Endo, Jun-ichi Yoshikawa, Akira Furusawa* (16名)

用語解説
注1:パルス
パルスは局所的に存在しながら空間中を伝わっていく波であり、ここでは移動する一つの光の塊のような状態を表しています。情報通信や情報処理、計測などの応用ではパルス状の光が広く利用されています。パルスは古典光、量子光の両方について定義することができ、本研究は量子光のパルスをテーマとしています。

注2:量子技術/量子コンピュータ
量子コンピュータや量子通信、量子計測などの、量子に特有の性質を利用することで従来技術とは異なる性質が得られる技術を量子技術と呼びます。量子技術はさまざまな分野で経済・社会を飛躍的に発展させる革新的技術であるとされ、日本政府は「量子技術イノベーション戦略」および「量子未来社会ビジョン」を策定するなど量子技術の開発・利用を積極的に促進しています。
 量子技術の代表例である量子コンピュータは、特定の計算を現代のスーパーコンピュータよりも圧倒的に短時間で解くことのできる新しい動作原理のコンピュータです。量子コンピュータの開発競争は世界的に激化しており、超伝導回路・イオン・光などさまざまなシステムで研究が進んでいます。光を利用した量子コンピュータ(光量子コンピュータ)は、常温大気圧下で動作し、計算規模の拡張が容易であるなどの点で実用化が有望視されています。

注3:量子光
量子とは、非常に小さな物質や微弱な光、もしくはそのような小さな対象がもつエネルギーの単位のことです。量子は、複数の状態が共存するような重ね合わせの状態を取れたり、粒子と波の性質を合わせ持ったりするなど、われわれの直感に反するような不思議な挙動を示します。このような量子特有の性質を強く示すような光のことを量子光と呼びます。代表的な量子光には、特定の位相成分の量子ノイズを圧搾したスクイーズド状態、光という波でありながら粒子としての解釈ができる光子数状態、位相の異なる古典光を重ね合わせたシュレディンガーの猫状態などがあります。こうした量子光に対し、レーザーなど従来の光源が発する光は古典光と呼ばれます。

注4:シュレディンガーの猫状態
原義としては、シュレディンガーの思考実験に登場する、一匹の猫の生と死が量子力学的な重ね合わせになった不思議な状態を指します。光分野では、位相の異なる二つの古典光を生きた猫と死んだ猫になぞらえ、それらの重ね合わせをシュレディンガーの猫状態と呼びます。光学的なシュレディンガーの猫状態は、量子コンピュータを含むさまざまな量子技術の重要なリソースであることが知られています。

注5:量子もつれ
量子の世界では、複数の量子の間に古典的な物理学では説明できない不思議な相関が生まれることがあります。このような相関を量子もつれと呼びます。量子もつれは応用上も重要であり、量子通信や量子情報処理における基本的なリソースとなります。

注6:光子/光子検出器
量子には、粒子と波の性質を合わせ持つという不思議な特性があります。光はもともと波として考えられてきましたが、量子光は光の粒子の集合として解釈することも可能です。この光の粒子を光子と呼びます。光子検出器は、入射した量子光に光子が含まれていたかどうかを判別する測定器です。


図表


[画像1]https://user.pr-automation.jp/simg/2341/64704/550_123_20221028174055635b9597bbca7.png

図1:量子任意波形発生器(Q-AWG)のイメージ

 Q-AWGは本研究で新たに提唱した概念で、目的に応じてさまざまなパルス状の量子光を出力する汎用量子光源です。レーザーや任意波形発生器(AWG)といった従来の光源は、一種類の光(古典光)のみを出力するものでした。それに対しQ-AWGは、光子数状態やシュレディンガーの猫状態など無数の選択肢から出力する量子光を決定します。さらに、出力する量子光のパルス波形も目的に応じて最適なものに設定できます。本研究ではQ-AWGを実現する上で核となる、量子光のパルス波形を自在に制御する技術を実証しました。


[画像2]https://user.pr-automation.jp/simg/2341/64704/550_247_20221028174055635b9597a8b77.png

図2:量子光のパルス波形制御の原理

 本研究で考案・実証した、量子もつれを利用した量子光のパルス波形制御の原理を示します。ここでは単純な場合として量子光1と量子光2の間の量子もつれを考えます。量子光2を光子検出器で測定した場合、光子が検出されたタイミングで特定の量子光を誘起することができます。この手法はさまざまな有用な量子光を生成できることから広く利用されています。このとき、光子検出器の前に光フィルタを挿入すると、フィルタの特性が量子もつれを通じて生成される量子光のパルス波形を変化させます。量子もつれが存在する周波数帯域が広いほどパルス波形制御の分解能が高くなり、任意の波形を実現できるようになります。この方法では目的の出力が得られる量子光1側に余計な素子を置く必要が無いため、損失を低く抑えたままパルス波形の制御が可能です。ここでは二つの量子光を利用する場合を示しましたが、多数の量子光間の量子もつれを利用するとあらゆる種類の量子光を生成可能で、そのパルス波形を自在に制御することができます。


  (A)                  (B)


[画像3]https://user.pr-automation.jp/simg/2341/64704/600_196_20221028174055635b9597a7e35.png

図3:生成したシュレディンガーの猫状態のパルス波形

(A) タイムビン(time-bin)波形
 パルスが有限の領域内にほとんど収まっている波形をタイムビン波形呼びます。この実験結果のように、すそ野が広がらずパルスが有限の領域に完全に収まっている完全なタイムビン波形を実現したのは本研究が初めてです。

(B) バランス型タイムビン波形
 二つのタイムビン波形を反転し、つなぎ合わせた波形をバランス型タイムビン波形と呼びます。この波形を持つ量子光パルスは一つの光軸上に隙間なく並べられて効率が良いうえ、隣り合うパルス同士が互いに悪影響を及ぼしにくい性質をもっています。そのため、大規模光量子コンピュータではこのパルス波形を利用することが想定されています。これまでこのパルス波形の実現方法は知られていませんでしたが、この実験結果により初めて実証されました。


[画像4]https://user.pr-automation.jp/simg/2341/64704/650_224_20221028174100635b959c31617.png

図4:実験で使用したキーデバイス

(A) 東京大学とNTTで共同開発した広帯域スクイーズド光源
 本研究では図中のデバイス(光パラメトリック増幅モジュール)から出力したスクイーズド光を利用して広帯域な量子もつれ光を生成しました。これまで、低損失で十分な強度を出力できる広帯域スクイーズド光源は実現困難でした。東京大学とNTTは、モジュールの心臓部である非線形光学結晶の製造プロセスを一新することで性能を大幅に改善し、本研究でも使用した実用的な広帯域スクイーズド光源を実現しました。

(B) 東京大学とNICTで共同開発した超伝導ナノストリップ単一光子検出器(SNSPD)
 本研究では図中のデバイスを光子検出器として使用しました。本研究は高純度な広帯域スクイーズド光を生成するために通信波長帯を利用していますが、この波長帯で機能する通常の半導体光子検出器の性能は本研究には不十分でした。東京大学とNICTは通信波長帯用の高性能光子検出器の設計に取り組み、超伝導技術を利用した本デバイスを製造しました。

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