プレスリリース
腸内細菌が作るフェネチルアミンが末梢セロトニン産生を促進 骨粗しょう症や過敏性腸症候群の治療法開発への応用に期待
近畿大学生物理工学部(和歌山県紀の川市)食品安全工学科准教授 栗原 新、群馬大学食健康科学教育研究センター(群馬県前橋市)助教 杉山 友太、金沢大学新学術創成研究機構(石川県金沢市)教授 岡本 成史を中心とする研究グループは、石川県立大学、京都大学と共同で腸内細菌により作り出された芳香族アミン※1 の一種である「フェネチルアミン※2」という化合物が、宿主の腸内でセロトニンの産出を促進していることを明らかにしました。本研究成果は、セロトニンの過剰産出が原因で発症する、骨粗しょう症や過敏性腸症候群の新たな治療法開発に応用できることが期待されます。
本件に関する論文が、令和4年(2022年)10月11日(火)に、腸内細菌叢や消化管関連の学術誌''Gut Microbes''にオンライン掲載されました。
【本件のポイント】
●腸内細菌が産生する、芳香族アミンの一種であるフェネチルアミンが、末梢セロトニン※3 の産生を促す可能性を示した
●腸内細菌が、芳香族アミノ酸※4 から芳香族アミンを生成する酵素の遺伝子を同定
●末梢セロトニンの過剰産生が原因で発症する、骨粗しょう症や過敏性腸症候群の新たな治療法開発に応用できる研究成果
【研究の背景】
腸内細菌は、宿主が摂取した成分を分解・変換し、多種多様な物質を産み出しています。近年、腸内細菌が作り出す物質(腸内細菌の代謝産物)が、宿主の様々な健康状態に影響することが明らかになってきました。その腸内細菌が作り出す物質のうち、芳香族アミンは少量でも神経伝達に影響を与える化合物で、肉・豆などのタンパク質に材料として含まれる芳香族アミノ酸を、腸内細菌が変換することで腸内に作り出されます。
これまでに、腸内細菌が作り出す芳香族アミンの量と種類を、遺伝子レベルで解析した研究はほとんどありませんでした。さらに、芳香族アミンが宿主に与える影響についても未解明な点が多くあります。
【本件の内容】
研究グループは、ヒト腸内に高い割合で存在する腸内細菌について、芳香族アミンの一種であるフェネチルアミンの産生能を網羅的に評価し、5種類の細菌が芳香族アミンを作り出すことを明らかにしました。さらに、これらの細菌が持っている遺伝子を解析することで、芳香族アミノ酸から芳香族アミンを生成する酵素の遺伝子を同定しました。
また、代表的な芳香族アミンである「フェネチルアミン」に注目し、宿主にどのような影響を及ぼすかを検証したところ、芳香族アミンを生成できる細菌が腸内に存在すると、大腸内の末梢セロトニンの量が増加することを明らかにしました。末梢セロトニンが過剰に産出されると、骨粗しょう症や過敏性腸症候群を引き起こすことが知られています。研究チームは、芳香族アミンの生成を抑制する既存薬を用いることで、腸内細菌によるフェネチルアミンの産生量が減少することを確認しており、この阻害薬が、セロトニンの過剰産出を原因とする疾患の治療薬として有望であることが示唆されました。
【論文掲載】
掲載誌:
Gut Microbes(インパクトファクター: 9.434@2021)
論文名:
Gut bacterial aromatic amine production:aromatic amino acid decarboxylase and its effects on peripheral serotonin production
(腸内細菌の芳香族アミン生産:芳香族アミノ酸脱炭酸酵素と大腸性セロトニン産生への影響)
著者:
杉山 友太1,2、森 裕美子3、奈良 未沙希1、小谷 勇介3、永井 栄美子1、河田 明輝1、北村 真悠3、平野 里佳4、下川 ひろみ4、中川 明1、南 博道1、後藤 愛那5、阪中 幹祥1、飯田 典穂6、小蛛@喬1、片山 高嶺5、岡本 成史3,7、栗原 新1,4*
*責任著者
所属:
1 石川県立大学生物資源環境学部、2 群馬大学食健康科学教育研究センター、3 金沢大学大学院医薬保健学総合研究科、4 近畿大学生物理工学部、5 京都大学大学院生命科学研究科、6 金沢大学附属病院、7 金沢大学新学術創成研究機構
論文掲載:
https://www.tandfonline.com/doi/full/10.1080/19490976.2022.2128605
【研究の詳細】
研究グループは、まず、ヒト腸内に生息する細菌のうち占有率※5 の高い32菌種について試験管内での培養実験を行い、5菌種が芳香族アミンの一種であるフェネチルアミンを産生することを明らかにしました。この5菌種による芳香族アミンの生成量と種類を比較したところ、菌種ごとに大きく異なることもわかりました。
次に、芳香族アミンを産生する5菌種の特定の遺伝子を大腸菌に導入して培養したところ、本来芳香族アミンを作ることができない大腸菌から芳香族アミンが産生されたことから、芳香族アミノ酸から芳香族アミンを生成する酵素(芳香族アミノ酸脱炭酸酵素)の遺伝子を同定しました。さらに、腸内細菌を多く含むヒトの糞便に、芳香族アミノ酸であるフェニルアラニンを添加して培養した結果、産生されたフェネチルアミンの量と、ヒト腸内で占有率の高い細菌の一種であるRuminococcus gnavus(ルミノコッカス グナバス)の芳香族アミノ酸脱炭酸酵素遺伝子の量の間に相関がみられました。このことから、腸内常在菌が芳香族アミノ酸脱炭酸酵素を用いてヒト腸内で芳香族アミンを産生している可能性が高いことがわかりました。
また、芳香族アミンが腸内に存在することで宿主にどのような影響を及ぼすか、マウスを用いて検証しました。今回同定した芳香族アミンを産生する5菌種のうち、遺伝子操作が可能なEnterococcus faecalis(エンテロコッカス フェカリス)について、芳香族アミノ酸脱炭酸酵素遺伝子を欠損した株※6 (AADC欠損株)および、AADC欠損株に芳香族アミノ酸脱炭酸酵素遺伝子を再導入した株(AADC相補株)を作製し、これら2種に加えて遺伝子操作をしていない株をそれぞれマウス腸管に定着させ、フェニルアラニンを高濃度で添加したエサを与えました。その結果、AADC相補株が定着したマウスでは、AADC欠損株が定着したマウスと比べて、大腸組織中のセロトニン量が有意に多いことが明らかとなりました。さらに、糞中の芳香族アミノ酸脱炭酸酵素遺伝子量は、AADC相補株定着マウスでAADC欠損株および野生株と比較して有意に多かったことから、芳香族アミノ酸脱炭酸酵素を持つ腸内細菌が一定数以上存在すると、宿主の末梢セロトニンの産生が促進されると考えられます。
末梢セロトニンが過剰に産生されると、骨粗しょう症や過敏性腸症候群が引き起こされることが知られています。そこで、腸内細菌の芳香族アミノ酸脱炭酸酵素を阻害することによって、これらの疾患の予防・治療が可能となるのではないかと考え、既存薬として使用されているヒトの芳香族アミノ酸脱炭酸酵素の阻害薬を用いて、芳香族アミン産生に対する阻害効果を評価しました。この結果、芳香族アミノ酸脱炭酸酵素の阻害薬であるカルビドパ、およびベンセラジドを添加した際に、阻害薬を添加しなかった場合と比較して、フェネチルアミン産生量が10分の1以下に減少しました。このことから、腸内細菌の芳香族アミノ酸脱炭酸酵素の阻害薬が、セロトニンの過剰産生によって生じる疾患の治療薬として有望であることが示唆されました。
なお、今回の研究成果に関連して、令和4年(2022年)3月に香港の研究チームが、同様の研究を査読前論文※7 として公開しています(https://www.biorxiv.org/content/10.1101/2022.03.05.483096v1
)。この査読前論文では、400検体以上のヒト糞便中のフェネチルアミン濃度が過敏性腸症候群の発症の有無と関連することが示されており、本研究成果を疫学面から強く支持する内容となっています。また、全く独立した2つのグループからほぼ同一の知見が得られたことは、腸内細菌が産生するフェネチルアミンが宿主のセロトニン産生量の調節を介してヒト健康に強く影響することを示した本成果の信頼性を担保するものと考えています。
【今後の展望】
本研究では、末梢セロトニンが関連する骨粗しょう症や過敏性腸症候群をはじめとした疾患の治療・予防において、腸内細菌の芳香族アミノ酸脱炭酸酵素が標的となることが示されました。今後は胃や小腸などで吸収されずに大腸に届き、腸内細菌の芳香族アミノ酸脱炭酸酵素を特異的に阻害する薬剤を開発することで、骨粗しょう症や過敏性腸症候群の治療あるいは予防法の開発に繋げたいと考えています。
【研究資金】
本研究は、公益財団法人発酵研究所 寄附講座助成(K-25-04)、キヤノン財団研究助成「理想の追求」(R15-0105)の支援を受けて実施しました。
【研究者のコメント】
氏名:栗原 新
所属:近畿大学生物理工学部 食品安全工学科
職位:准教授
学位:博士(生命科学)
コメント:
腸内細菌が産生するフェネチルアミンがセロトニン産生に重要な役割を果たすことを、海外の競合グループに先駆けて報告できてほっとしています。今回の成果によりターゲットとなる腸内細菌の酵素が明確になりましたので、より良い酵素阻害剤を作ることができれば、骨粗しょう症や過敏性腸症候群の治療薬として有望です。今後は様々な代謝産物の産生に関わる腸内細菌の酵素をターゲットとして、腸内環境を改善し、ヒトの健康寿命を延伸する技術を開発したいと考えています。
【用語説明】
※1 芳香族アミン:芳香族アミノ酸が脱炭酸されて生じる物質で、フェネチルアミンのほか、チラミン、トリプタミン、ドーパミンなどが含まれる。これらは生理活性アミンと呼ばれ、生体内で様々な役割を果たしている。
※2 フェネチルアミン:食品に含まれるアミノ酸であるフェニルアラニンが腸内細菌によって脱炭酸されて生じる物質で芳香族アミンの一種。発酵食品等に多量に含まれる。芳香族アミンは、低濃度でも神経伝達に大きな影響を与えることが知られている。
※3 末梢セロトニン:神経伝達物質の一種で脳などの中枢以外に分布するものを、「幸せホルモン」として知られている中枢セロトニンと区別して末梢セロトニンと呼ぶ。体内のセロトニンの95%以上は末梢セロトニンであり、腸管蠕動運動や破骨細胞分化などを促進する。
※4 芳香族アミノ酸:化学構造内に芳香環を有するアミノ酸で、フェニルアラニン、チロシン、トリプトファン、ドーパなどが挙げられる。
※5 占有率:腸管の中でその細菌が占有する割合。腸内細菌は主なものだけでも100菌種以上存在し、これらの集合体を「腸内細菌叢」と呼ぶ。腸内細菌叢に含まれる様々な菌種は均等に存在するのではなく、それぞれ含まれる数が異なる(占有率が異なる)。
※6 株:細菌の分類単位の一つで、種の一つ下位の単位。種としては同じだが、遺伝子の一部が異なっており、性質が少し異なる。
※7 査読前論文:投稿された学術論文は同分野の研究者による厳しい覆面審査(査読)を経て(多くの場合修正を経て)受理され、掲載される。したがって研究で競争が行われた場合には先に受理されたグループの成果となる。ここ数年、査読前の論文をインターネット上で公開する動きがあるが、査読を経ていないために正式な成果とはみなされない。
【関連リンク】
生物理工学部 食品安全工学科 准教授 栗原 新(クリハラ シン)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/2313-kurihara-shin.html
生物理工学部
https://www.kindai.ac.jp/bost/
▼本件に関する問い合わせ先
広報室
住所:〒577-8502 大阪府東大阪市小若江3-4-1
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メール:koho@kindai.ac.jp
【リリース発信元】 大学プレスセンター https://www.u-presscenter.jp/