プレスリリース
『2022堀場雅夫賞』受賞者決定 テーマは「カーボンニュートラル社会に向けた水素の利活用に貢献する分析・計測技術」〜「分析・計測技術」研究者を奨励、支援〜
株式会社堀場製作所(本社:京都市南区吉祥院宮の東町2、代表取締役社長:足立 正之、以下 当社)は、このほど、国内外の大学または公的研究機関の研究開発者を対象とした「分析・計測技術」に関する研究奨励賞『堀場雅夫賞』の2022年度受賞者を決定しました。
2003年の本賞創設から18回目となる今回の選考テーマは「カーボンニュートラル社会に向けた水素の利活用に貢献する分析・計測技術」で、海外含め26件(国内18件/海外8件)の応募がありました。これらの応募に対し、募集分野において権威ある研究者を中心に7名で構成する審査委員会が、将来性や独創性、ユニークな計測機器への発展性に重点を置いて評価し、以下の3名を堀場雅夫賞受賞者、2名を特別賞受賞者に決定しました。受賞記念セミナーならびに授賞式は、学究界および行政関係から出席者をお招きし、10月18日(火)京都大学 吉田キャンパス 国際科学イノベーション棟 5F シンポジウムホール※1にて執り行います。
※1 堀場雅夫賞募集時は、授賞式の開催場所を京都大学 芝蘭会館予定と案内していましたが変更となりました。新型コロナウイルスの感染予防対策を徹底した上で開催する予定です。
画像1: https://www.atpress.ne.jp/releases/320316/LL_img_320316_1.jpg
「堀場雅夫賞」 ロゴ
<受賞者と受賞研究内容>
【堀場雅夫賞】
●佐藤 勝俊(サトウ カツトシ)氏
国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学 大学院工学研究科 化学システム工学専攻 特任准教授
「原子分解能電子顕微鏡解析で先導する新しい窒素還元サイトのデザイン」
●高橋 康史(タカハシ ヤスフミ)氏
国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学 大学院工学研究科 電子工学専攻 教授
「触媒活性サイトの実空間イメージングに資する電気化学セル顕微鏡の開発」
●中村 崇司(ナカムラ タカシ)氏
東北大学 多元物質科学研究所 准教授
「電気化学に基づく欠陥エンジニアリング技術の開発」
【特別賞】
●高橋 幸奈(タカハシ ユキナ)氏
(高橋 幸奈氏の「高」は正式には「はしごだか」となります)
九州大学 カーボンニュートラル・エネルギー国際研究所 准教授
「太陽光をエネルギー源としたプラズモン誘起電荷分離による高効率水素発生システムの開発」
●Helge Soren Stein(ヘルゲ・ゼーレン・シュタイン)氏
カールスルーエ工科大学 ヘルムホルツ研究所 ウルム校(ドイツ) テニュアトラック※2教授
「相関分光法及び研究室規模製造によるデータ駆動材質発見の加速及びスケールアップ製作」
「Data driven acceleration of materials discovery and upscaling through correlative spectroscopy and lab-scale manufacturing」
※2 テニュアトラック制度:若手研究者が自立的に研究できる環境を整備し、一定の要件を満たした形態で教員・研究者を採用する人事制度
<堀場雅夫賞について>
堀場雅夫賞は、堀場製作所創立50周年を記念し、2003年に創設されました。本賞は、画期的な分析・計測技術の創生が期待される研究開発に従事する国内外の若手研究者や技術者を支援し、科学技術における計測技術の地位をより一層高めることに貢献しようというものです。分析・計測技術のなかでも、当社グループが育んできた原理や要素技術を中心に毎年対象分野を定め、ユニークかつその成果や今後の発展性を世界にアピールすべき研究・開発にスポットをあてています。なお、2022堀場雅夫賞の審査委員会・委員一覧については、堀場雅夫賞特設サイト( https://www.mh-award.org/screening-committee )にて詳細をご覧下さい。
<授賞式について>
日程:2022年10月18日(火)
場所:京都大学 吉田キャンパス
国際科学イノベーション棟 5F シンポジウムホール
本年度の授賞式は、新型コロナウイルスの
感染予防対策を徹底した上で開催予定です。
【2022堀場雅夫賞授賞式プログラム(予定)】
第一部:受賞記念セミナー(14:30〜)
・受賞者 講演:受賞者3名、特別賞受賞者2名
第二部:授賞式(16:30〜)
・受賞研究紹介、本賞/副賞授与
・堀場 厚 アワードディレクター 挨拶(堀場製作所 代表取締役会長 兼 グループCEO)
<2022堀場雅夫賞の募集分野と背景>
地球資源である化石由来の石油、石炭、天然ガスは、社会の近代化や経済の高度成長を支え、グローバルな巨大経済圏を構築し、人類の発展に大きな役割を果たし続けています。その一方で、持続的な産業発展と環境保護を両立するためにCO2排出量の低減をめざすカーボンニュートラルや再生可能エネルギーの拡大など、グローバル規模で大きな変革期を迎えています。
このような変革は、決して経済成長の発展を抑制するものではありません。カーボンニュートラルの実現に向けて、積極的に産業構造や経済活動を大きく変え、さらなる発展と成長へつなげる発想の転換が必要です。
世界の主要国では、カーボンニュートラルに向けた取り組みが本格化しています。欧州は、気候変動政策と新型コロナウイルス感染症の拡大による経済危機からの復興を融合させた「グリーンリカバリー」政策を提案しています。気候変動への対応や生物多様性の維持といった課題の解決に重点的に資金を投じ、そこから雇用や業績の拡大で成果を引き出す政策です。先進国を中心に、各国がグリーンリカバリーを意識した景気刺激策を相次いで打ち出しており、日本においても2030年度に温室効果ガス排出量を2013年度比46%削減や、2050年カーボンニュートラルの達成など、脱炭素化に向けた目標が示されています。
2050年カーボンニュートラルの達成に向けては、発電とならび非電力分野の脱炭素化も重要で、特に水素の利活用が大きく期待されています。
水素の利活用促進には、水素流通ネットワークの構築と拡大がキーであり、エネルギー用途はもちろん、産業用途にとって大規模に流通させることが必要となります。これまで水素は、主として石油精製プロセスにおける水素化脱硫など産業ガスとして利用されてきました。現在は、これらの用途以外にも石油などを代替するエネルギーの他、化学原料や製鉄などの産業用途でも利活用できる可能性が期待され、国内外で実証研究が進められています。
水素の社会実装に向けた課題は、(1)安定的かつ低コストで大量に供給できる水素製造技術と水素キャリア技術の確立、(2)水素の利活用の開拓と拡大、(3)国際的な水素サプライチェーンの構築、と多岐にわたって最適解を導き出す必要があります。このような課題に対して、水電解槽の大型化、低コスト化および高効率化に加え、水蒸気メタン改質の低温化や人工光合成技術といった水素製造技術にとどまらず、水素キャリア(有機ハイドライド、アンモニアなど)まで視野に入れた反応の簡略化技術が重要となります。さらには、水素利活用技術として、CO2などと化学反応させることで基幹材料であるメタノール、エタノールなどへの変換まで見据えた触媒反応プロセスの技術革新が求められています。
2022堀場雅夫賞では、これらの技術革新に寄与する先端分析・計測技術を募集の対象とし、カーボンニュートラル実現に向けた技術開発につながる研究にスポットをあてました。
<受賞者ご紹介>
【堀場雅夫賞】
●佐藤 勝俊(サトウ カツトシ)氏
国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学 大学院工学研究科 化学システム工学専攻 特任准教授
「原子分解能電子顕微鏡解析で先導する新しい窒素還元サイトのデザイン」
画像2: https://www.atpress.ne.jp/releases/320316/LL_img_320316_2.jpg
佐藤 勝俊(サトウ カツトシ)氏
水素の貯蔵・輸送に優れた水素キャリアとしてのアンモニア合成触媒・プロセスは、再生可能エネルギーの有効利用手段として注目されている。高活性な触媒開発のためには、活性点の構造と化学状態を解析して、新しいデザインへとつなげる必要がある。
佐藤氏は、触媒開発において重要な大気非曝露下での収差補正透過型電子顕微鏡と各種分光検出器による観察・分析技術を組み合わせ、触媒の活性点を原子レベルで直接解析する手法を確立した。佐藤氏の研究は、触媒反応プロセスの技術革新につながる分析・計測技術として極めて重要である。この手法により、高活性アンモニア合成触媒に必要な窒素還元サイト(活性点)の構造と作用機構を明らかにし、さらなる高活性化や非貴金属化を達成するとともに、世界最高レベルの実用的な触媒を複数開発した。
開発された分析・解析法は実際の触媒開発(デザイン)にも適用され、それらがアンモニアの水素キャリアとしての利用拡大と水素流通ネットワークの構築につながり、カーボンニュートラル社会構築に貢献すると期待される。
●高橋 康史(タカハシ ヤスフミ)氏
国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学 大学院工学研究科 電子工学専攻 教授
「触媒活性サイトの実空間イメージングに資する電気化学セル顕微鏡の開発」
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高橋 康史(タカハシ ヤスフミ)氏
近年の水素需要の増加に伴い、プラチナなどの高価な貴金属に代わる水素の効率的な生成が可能な触媒開発が進められている。その触媒として注目されている二硫化モリブデン(MoS2)は、原子1層分の厚さのナノシートにすることで水素生成の優れた触媒になることが知られている。MoS2の触媒能のさらなる向上のためには、触媒のどのような構造が活性に寄与しているかを知る必要があるが、従来の走査型電気化学顕微鏡では分解能の限界により、触媒能が向上する原理の詳細な理解には至っていない。
高橋氏は現象の理解に最適な評価装置として、分解能を従来の十数μmから20〜50nmへと大幅に向上した世界最高分解能の走査型電気化学セル顕微鏡(SECCM)の開発に成功した。さらにSECCMを用いた触媒活性部位の可視化(電気化学イメージング)により水素発生反応の効率が良いMoS2の構造を明らかにした。
また、このSECCMは触媒自体の改変や劣化部位の特定、水素発生反応以外の触媒についての評価ができることから、光触媒や蓄電材料といったさまざまな研究への応用が可能であり、今後のエネルギー関連研究への貢献が期待される。
●中村 崇司(ナカムラ タカシ)氏
東北大学 多元物質科学研究所 准教授
「電気化学に基づく欠陥エンジニアリング技術の開発」
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中村 崇司(ナカムラ タカシ)氏
カーボンニュートラルの実現に向けて、次世代型蓄電池や燃料電池などの高効率エネルギー貯蔵・変換技術は必要不可欠である。これらのデバイスを構成するエネルギー機能材料では材料中に存在する格子欠陥※3が機能発現の源となることが知られている。中村氏は、固体電解質から成る電気化学セル※4を用いて、電量滴定※5により欠陥生成メカニズムを評価する手法を確立し、欠陥がどのように生成し、機能性にどのような影響を与えるか、その詳細を明らかにした。
近年では、上記技術を応用した印加電圧や電気量による欠陥制御技術を開発し、材料開発に欠陥を積極利用することにも挑戦している。これまでに、蓄電材料への酸素欠陥の導入によりエネルギー密度維持率が飛躍的に向上することを見出すなどの成果が得られ始めており、新たな材料開発コンセプトの確立とエネルギー機能材料の革新が期待される。
※3 格子欠陥:結晶性材料における原子配列の乱れ。代表例として、空孔や置換イオン、格子間イオンなどがあげられる。
※4 電気化学セル:電解質、正極および負極などから構成される電気化学測定用の器具
※5 電量滴定:電解によりイオンを発生させ、イオンと対象物質の反応が終了するまでに要した電解の電気量を測定することで、対象物質を評価する手法。
【特別賞】
●高橋 幸奈(タカハシ ユキナ)氏
(高橋 幸奈氏の「高」は正式には「はしごだか」となります)
九州大学 カーボンニュートラル・エネルギー国際研究所 准教授
「太陽光をエネルギー源としたプラズモン誘起電荷分離による高効率水素発生システムの開発」
画像5: https://www.atpress.ne.jp/releases/320316/LL_img_320316_5.jpg
高橋 幸奈(タカハシ ユキナ)氏
高橋氏は、従来よりも安価で安定、かつ高効率な、太陽光による水素発生システムの開発をめざしている。太陽光は総量が大きく有望な資源であるが、単位面積あたりのエネルギー密度は小さく、供給量が不安定である。そのため、何らかの手段でエネルギーを貯める、その密度を高めるといった工夫を施すことが、実装においては重要な課題となる。高橋氏は、金属ナノ粒子の局在表面プラズモン共鳴(LSPR)※6によって、太陽光のエネルギー密度を高めるとともに、金属ナノ粒子と半導体とを組み合わせた時に生じるプラズモン誘起電荷分離(PICS)※7を用いて、光のエネルギーを電気化学エネルギーに変換し、水素発生システム等に活用しようとしている。
半導体は、従来系のn型半導体※8の代わりにp型半導体※9を用いることで、安定性や電荷分離効率の改善が期待できる。また、金属ナノ粒子の構成金属や結晶面の制御によって、反応生成物の選択性向上も見込まれる。本研究は、光エネルギーを高効率かつ安定的に、電気・動力・熱などのエネルギーへ変換して活用する技術として、エネルギー問題の解決に資すると期待される。
※6 局在表面プラズモン共鳴(LSPR, Localized Surface Plasmon Resonance):金属に光を照射した際、特定波長の光エネルギーが、金属ナノ粒子表面近傍の回折限界を超えたナノ空間に、時間的・空間的に局在化する現象。理論上は、光エネルギーを数十倍〜数百万倍に捕集することが可能。
※7 プラズモン誘起電荷分離(PICS, Plasmon Induced Charge Separation):LSPRを示すナノ金属と半導体を組み合わせることにより、共鳴波長の光照射化で、金属ナノ粒子の電荷が半導体に移動する現象。
※8 n型半導体:自由電子の移動よって電気伝導が起こる半導体。
※9 p型半導体:電子の欠損部である正孔(ホール)の移動によって電気伝導が起こる半導体。
●Helge Soren Stein(ヘルゲ・ゼーレン・シュタイン)氏
カールスルーエ工科大学 ヘルムホルツ研究所 ウルム校 テニュアトラック教授
「相関分光法及び研究室規模製造によるデータ駆動材質発見の加速及びスケールアップ製作」
「Data driven acceleration of materials discovery and upscaling through correlative spectroscopy and lab-scale manufacturing」
画像6: https://www.atpress.ne.jp/releases/320316/LL_img_320316_6.jpg
Helge Soren Stein(ヘルゲ・ゼーレン・シュタイン)氏
シュタイン氏は、エネルギーインフラの脱炭素化を実現できる技術を開発するため、電池や電解機器に使用される高信頼性・高効率の材質の発見プロセスを加速することをめざしている。
材質の発見プロセスでは数百の複合材料にて試験を行うため膨大な計測、データ解析及び試験準備が必要なことから、材質の発見には数か月以上かかることが通例で、材質の発見を加速することは重要な課題である。
同氏は、電気化学エネルギー貯蔵迅速研究プラットホーム(PLACES/R)を開発した結果から材質発見の自動化を実現した。このプラットホームは複数の分析装置を接続し、データサイエンスの活用により材質評価段階においてもデータ解析装置とロボットの自動化を実現している。人工知能(AI)が評価目標や試験パラメーターを調整するため、研究者はより深い研究計画やデータ解釈を中心に作業を行うことができる。シュタイン氏が実現できた材質発見の自動化は、エネルギー部門の脱炭素化におけるエネルギー材質研究の新世代をもたらすと期待される。
プレスリリース提供元:@Press