プレスリリース

  • 記事画像1
  • 記事画像2
  • 記事画像3
  • 記事画像4

明治大学 経営学部広報課 京都大学 総務部広報課国際広報室

植物の枝分かれ調節ホルモンの合成メカニズムを解明

(@Press) 2022年03月29日(火)11時45分配信 @Press


■ 概要
植物は自身の成長を調節するためや周囲の環境に適応するために、「植物ホルモン」とよばれる化学物質を作ります。「ストリゴラクトン」は植物が枝分かれを調節するために必要な植物ホルモンです。明治大学農学部 瀬戸義哉 准教授、京都大学化学研究所 山口信次郎 教授、増口潔 同助教、東北大学生命科学研究科 小野塚祐太 修士課程学生(研究当時)、大阪府立大学生命環境科学研究科 秋山康紀 教授、アムステルダム大学 Harro Bouwmeester 教授らの国際共同研究グループは、植物体内でストリゴラクトンが作られる過程において、枝分かれを調節するための形(化学構造)へと活性化するために必要な酵素タンパク質「CLAMT」をモデル植物のシロイヌナズナから発見しました。
また、ストリゴラクトンが作られる過程の途中にある前駆物質が根から地上部へと移動し、枝分かれを調節している可能性があることも明らかになりました。植物の枝分かれは、花や種子の数と質を決める重要な農業形質です。今回の発見は、農作物の生産性向上などを目的とした技術開発に貢献する基盤になることが期待されます。
本成果は、2022年3月28日(現地時刻)に米国の国際学術誌「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America」にオンライン掲載されます。
画像1: https://www.atpress.ne.jp/releases/303593/img_303593_1.png

■ 1.背景
植物の成長調節物質である植物ホルモンの1つである「ストリゴラクトン」は、植物の枝分かれを調節しています。また、ストリゴラクトンは根から土壌中へ分泌され、植物とアーバスキュラー菌根菌[注1]との共生を促進する一方で、根寄生植物[注2]が寄生する植物を見つけ出す目印にもなっています。このように様々な役割をもつストリゴラクトンですが、植物体内でどのように作られているのかという全容は未解明です。さらに、植物体内で植物ホルモンとして働いているストリゴラクトンの形(化学構造)も明らかになっていません。
私たちの研究グループでは、これまでに数種の酵素タンパク質によって、ストリゴラクトンが植物体内でカロテノイド(b-カロテン)から、カーラクトンやカーラクトン酸と呼ばれる前駆物質を経由して作られることを明らかにしてきました(図1)。また、カーラクトン酸は未知の酵素タンパク質によって「カーラクトン酸メチル」いう物質に変換されることが予想されていました。このカーラクトン酸メチルは、植物体内でストリゴラクトンの情報を流すために必要なタンパク質(受容体タンパク質)と結合したことから、枝分かれ調節作用を持つ活性型のストリゴラクトンの1つであると考えられていました(図1)。
そのため、カーラクトン酸からカーラクトン酸メチルへの変換を行う未知の酵素タンパク質を見つけ出すことは、植物体内で植物ホルモンとして働いているストリゴラクトンの形を明らかにする上で重要な研究課題となっていました。
画像2: https://www.atpress.ne.jp/releases/303593/img_303593_2.jpg
図1 植物(シロイヌナズナ)におけるストリゴラクトンの作られ方
これまでの研究から、カーラクトン酸メチルは、カーラクトンとカーラクトン酸を経由して作られると予想されていた。また、カーラクトンとカーラクトン酸は受容体タンパク質と相互作用しないが、カーラクトン酸メチルは相互作用することが示されていた。


■ 2.研究手法・成果
本研究では、モデル植物であるシロイヌナズナ[注3]を材料に用いました。まず私たちはカーラクトン酸をカーラクトン酸メチルに変換するのは「メチル化酵素(ある化合物にメチル基と呼ばれる化学構造を導入する酵素タンパク質)」の仲間ではないかと予想し、過去にいくつかの植物ホルモンをメチル化することが知られていた酵素タンパク質ファミリーを調査しました[注4]。その結果、カーラクトン酸をカーラクトン酸メチルに効率よく変換するメチル化酵素を見出すことに成功し、「CLAMT」と命名しました。次に、CLAMTが本当に植物体内でカーラクトン酸メチルを作り出すメチル化酵素であるかということを確認するため、CLAMTを作ることができない植物体 (CLAMT欠損変異体)を準備して、解析を行いました。
まず、カーラクトン酸やカーラクトン酸メチルの量がCLAMT欠損変異体の中でどのように増減しているかを、液体クロマトグラフ-タンデム型質量分析計(LC-MS/MS)[注5]を用いて確認しました。その結果、CLAMT欠損変異体ではカーラクトン酸が蓄積して、カーラクトン酸メチルの量が劇的に減少していました(図2)。つまり、CLAMTは植物体内でもカーラクトン酸からカーラクトン酸メチルへの変換に重要であることがわかりました。次に、通常の植物体とCLAMT欠損変異体を育てて観察すると、CLAMT欠損変異体では枝分かれが増加しました(図2)。
画像3: https://www.atpress.ne.jp/releases/303593/img_303593_3.jpg
図2 CLAMT欠損変異体の解析
LC-MS/MSを用いた定量分析により、CLAMT欠損変異体ではカーラクトン酸が増加し、カーラクトン酸メチルが著しく減少していた。また、CLAMT欠損変異体は通常の植物体と比較して、枝分かれが増加したことから、CLAMTによるカーラクトン酸からカーラクトン酸メチルへの変換が、枝分かれ抑制ホルモンとしてストリゴラクトンの活性化に重要であることが示された。白い矢印は、腋芽から成長した側枝を表す。

また、カーラクトン酸からカーラクトン酸メチルを作ることができないCLAMT欠損変異体に、カーラクトン酸とカーラクトン酸メチルを投与すると、カーラクトン酸メチルのみがCLAMT欠損変異体の枝分かれを減少させました。これらの結果は、CLAMTによってカーラクトン酸をカーラクトン酸メチルへと変換することが、枝分かれ抑制ホルモンとしてのストリゴラクトンを作る上で重要であり、ホルモンを活性化する大事なステップであるということを意味しています。
また、過去に主に接木[注6]を利用して行われてきた研究により、ストリゴラクトンは根から地上部へと移動すると提唱されてきました。私たちは、CLAMT欠損変異体などを利用した接木実験によって、シロイヌナズナの体内では、植物ホルモンとして活性を持たないカーラクトンとカーラクトン酸は根から地上部へと移動可能であるものの、活性を有するカーラクトン酸メチル自身は移動しない可能性があることを明らかにしました(図3)。植物は根から地上部へと活性を持たないストリゴラクトンを移動させ、ホルモンとして作用させたい場所でCLAMTによって活性型のストリゴラクトンに変換しているという巧妙なメカニズムの存在が示唆されました。
画像4: https://www.atpress.ne.jp/releases/303593/img_303593_4.jpg
図3 接木実験結果の例
今回の研究では、接木を利用してストリゴラクトンの根から地上部への移動性も検討した。
(1) カーラクトン以降を作ることができないMAX1変異体の台木が、カーラクトンを作ることができないMAX4変異体の接ぎ穂で増加する枝分かれを正常に戻したので、カーラクトンが根から地上部へと移動することが示唆された。
(2) カーラクトン酸以降を作ることができないCLAMT変異体の台木が、カーラクトン酸を作ることができないMAX1変異体の接ぎ穂で増加する枝分かれを正常に戻したので、カーラクトン酸が根から地上部へと移動することが示唆された。
(3) 通常のシロイヌナズナの台木は、カーラクトン酸メチル以降を作ることができないCLAMT変異体の接ぎ穂において増加する枝分かれを戻すことができなかったので、カーラクトン酸メチル(もしくはその代謝物)は根から地上部へと移動しないことが示唆された。(しかし、ここでは省略するが、CLAMTの下流に存在すると考えられている酵素タンパク質の欠損変異体を用いた結果では逆の結果が得られており、カーラクトン酸メチル以降の物質の移動性については今後詳細に解析する必要がある)


■ 3.波及効果、今後の予定
植物の枝分かれは、最終的な花や種子の数と質を決める重要な農業形質の1つです。今回の発見は、将来の農作物の生産性向上や栽培の効率化を目的とした技術開発に貢献する基盤になることが期待されます。例えば、CLAMTを標的にした農薬の開発によって、植物の枝分かれを自在にコントロールできるようになるかもしれません。また、最近、「非典型的なストリゴラクトン」と呼ばれる、古くから知られていたストリゴラクトンと異なるタイプのストリゴラクトンを、様々な植物が作っていることが明らかになってきました。この非典型的なストリゴラクトンの中には、カーラクトン酸メチルがさらに植物体内で変換された結果と考えられるものも多く存在します。
CLAMTの発見は、非典型的なストリゴラクトンが、植物体内や土壌中において、どのように機能しているかという謎を解く重要な一歩になると考えられます。


■ 4.研究プロジェクトについて
本研究は、科学研究費助成事業[課題番号:24114010][課題番号:17H06474][課題番号:19H02892]、JST戦略的創造研究推進事業CREST[課題番号:JPMJCR13B1]、京都大学化学研究所国際共同利用・共同研究[課題番号:2021-115]、China Scholarship Council scholarship[課題番号:201506300065]、European Research Council Advanced grant CHEMCOMRHIZO[課題番号:670211]、Marie Curie fellowship NEMHATCH[課題番号:793795]などの支援の下で実施されました。


■ <用語解説>
[注1] アーバスキュラー菌根菌:植物の根に侵入して「菌根」と呼ばれる特殊な構造を持つ共生体を作るカビの1種で、陸上植物の80%以上と共生する。アーバスキュラー菌根菌は、植物が土壌から無機塩類(リン酸や窒素など)や水分を吸収することを助ける代わりに、植物から光合成産物(糖などの炭素源)を与えられる。ストリゴラクトンは、アーバスキュラー菌根菌の菌糸分岐を誘導することで共生を促進する。
[注2] 根寄生植物:ハマウツボ科植物に属するストライガやオロバンキなどの根寄生植物は、宿主植物の根から分泌されるストリゴラクトンを認識することで種子発芽が誘導される。発芽後、根寄生植物は、吸器と呼ばれる特殊な器官を使って宿主植物の根に侵入する。アフリカでは、ストライガがソルガムやトウモロコシなどの作物に寄生し、深刻な農業被害が出ており、根寄生植物の有効な駆除法の確立が望まれている。
[注3] シロイヌナズナ:アブラナ科植物に属するシロイヌナズナは、2000年に植物として初めて全ゲノム配列が解読された。世代時間が2ヶ月と短い、遺伝子組換えが容易である、変異体ラインが整備されているといった理由から、モデル植物として植物科学研究の進展に中心的な役割を果たしてきた。
[注4] 酵素タンパク質ファミリー:本研究では、「SABATHファミリー」と呼ばれるメチル化酵素群の中からCLAMTを見出した。シロイヌナズナのSABATHファミリーには24種のメチル化酵素が存在し、オーキシンやジベレリン、ジャスモン酸といった植物ホルモンをメチル化するものが含まれている。
[注5] 液体クロマトグラフ-タンデム型質量分析計(LC-MS/MS):液体クロマトグラフは化合物を分離するための装置であり、質量分析計は試料をイオン化し、分離・検出することで化合物の正確な分子量や化学構造に関する情報を得るための装置である。これら2種類の装置が接続された液体クロマトグラフ-タンデム型質量分析計(LC-MS/MS)では、2段階の質量分析(目的の化合物に由来するイオンをさらに分解して得られるイオンを測定する)ができるため、植物に極微量にしか存在しない植物ホルモンの正確な同定や定量に威力を発揮する。
[注6] 接木:2種の植物からの「台木」と「接ぎ穂」を接ぐことで、両方の性質を兼ね備えた植物体を作り出す技術。シロイヌナズナでは、切断した芽生えの胚軸(最初に伸びる茎の部分)を繋ぎ合わせることで接木を行う。これまでにシロイヌナズナやエンドウ、ペチュニアを用いた接木実験から、ストリゴラクトンは根から地上部へと移動し、地上部の枝分かれを抑制可能であることが示されてきたが、移動しているストリゴラクトンの分子実体については未解明であった。


■ <研究者のコメント>
植物は、少しずつ形の異なるいろいろな種類のストリゴラクトン分子を生産していることが知られています。今回私たちが発見した酵素は、多様なストリゴラクトンを作りわけるために重要な酵素の一つであると予想されます。これから研究をさらに進展させ、植物が様々な種類のストリゴラクトンを作る意味についても解明していきたいと考えています。(明治大学農学部 瀬戸義哉)

本研究では、植物の枝分かれを調節するストリゴラクトンが作られる過程の中で、重要なステップを解明しました。しかし、過去の研究報告を照らし合わせると、カーラクトン酸メチルの他にも活性型のストリゴラクトンが存在する可能性が十分あります(図1)。まだまだ謎に包まれているストリゴラクトンの作られ方について、さらなる実験を進めることで迫っていきたいと考えています。(京都大学化学研究所 増口潔)


■ <論文タイトルと著者>
タイトル
A carlactonoic acid methyltransferase that contributes to the inhibition of shoot branching in Arabidopsis(シロイヌナズナにおいて枝分かれ抑制に寄与するカーラクトン酸メチル化酵素)

著 者
Kiyoshi Mashiguchi*, Yoshiya Seto*, Yuta Onozuka*, Sarina Suzuki, Kiyoko Takemoto, Yanting Wang, Lemeng Dong, Kei Asami, Ryota Noda, Takaya Kisugi, Naoki Kitaoka, Kohki Akiyama, Harro Bouwmeester, Shinjiro Yamaguchi†(*共筆頭著者、†責任著者)

掲 載 誌
Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America

DOI 10.1073/pnas.2111565119



プレスリリース提供元:@Press

このページの先頭へ戻る