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公益財団法人日本ユニセフ協会

シリア・アレッポ-失われ続ける子どもたちの命と日常【プレスリリース】

(PR TIMES) 2016年12月08日(木)19時28分配信 PR TIMES

「子どもたちが決してあきらめないように、ユニセフもあきらめない」アレッポ視察のユニセフ代表が訴え


[画像1: http://prtimes.jp/i/5176/828/resize/d5176-828-723175-0.jpg ]

※本信はユニセフ本部が発信した情報をもとに、日本ユニセフ協会が編集・翻訳したものです。
※本信の原文は、https://www.unicef.org/media/media_93856.html からご覧いただけます。
※シリア危機に関する画像・映像は、http://weshare.unicef.org/Package/2AM4080EBUGC からダウンロードいただけます。

【2016年12月7日 ダマスカス/アレッポ(シリア)発】

アレッポを含めたシリアの視察を終えたユニセフ・シリア事務所代表ハナア・シンガーは、紛争下に暮らす子どもたちの生活環境がさらに悪化していることについて、以下の声明を発表しました。

* * *

私は、紛争の影響を受け生活環境がさらなる悪化の一途を辿っているアレッポでの視察を終えました。

私がアレッポに滞在した数日の間だけで、アレッポ西部には100発近くの迫撃砲が撃ち込まれました。同時に、私たちがいたアレッポ東部でも、ほんの数百メートル離れたところに執拗な爆撃が繰り返されるのを目撃しました。

爆発は夜の闇を明るく照らし、戦争の爆音を町中に轟かせました。私の現地の同僚は、攻撃が継続している間はトイレや地下に隠れるのだと言いました。その夜はほとんど眠れませんでした。それでも朝になると、その同僚は、まるでいつもと同じ夜を過ごしたかのように元気いっぱいに職場にやってきました。

でも、そんな彼らでも家に帰れない日があります。昨日、アレッポ西部のユニセフが支援する「子どもにやさしい空間」で働くボランティアが殺されました。午前中の活動を終えた子どもたちを避難所に送り届けている時に、銃弾に撃たれました。彼の名前はアフマッド・トウフィーク、経済を専攻する大学3年生、24歳でした。

[画像2: http://prtimes.jp/i/5176/828/resize/d5176-828-404084-1.jpg ]

シリア全土でも類がないほどの集中的な砲撃を現在のアレッポは受けています。

僅か10日間の間にアレッポ東部から離れることを余儀なくされた人々は3万1,500人にのぼります。避難民のうち子どもが占める割合は少なくとも50%というのが最新の推定です。

アレッポ市郊外のジブリーン(Jibreen)にある避難所を訪問しました。避難所は巨大な倉庫で、多くの家族が床に敷いたマットレスの上で身を寄せ合っていました。雨季でもある冬の、湿気と刺すような寒さが彼らの状況をさらに過酷なものにしています。

爆発や重火器の発砲の耳をつんざくような音が背後に流れる中、子どもたちは、心理社会的ケアの活動の中で自分たちの体験を共有しました。彼らは、包囲されたアレッポ東部で、いかに爆撃に怯えながら、暗く湿った地下室に何日も何週間も縮こまって暮らしてきたかという話を共有しました。また、破壊にまつわる暗い記憶や、瓦礫の下に残された死者が放つ異臭についても語り合いました。

子どもたちは、ここでは外に出て、太陽の下で風を感じることができて嬉しいと言います。歌って遊ぶことができることが嬉しいと言います。しかし、彼らは友達や父親や兄たちが恋しいと言いました。学校が恋しいと言いました。本やゲーム、ある女の子は熊のぬいぐるみが恋しいと言いました。

砲撃や爆発はやむことなく耳をつんざきます。このおぞましい戦争の音が鳴り響くたびにビクッとする私を見て、子どもたちは笑いました。それは本当の笑いではなく、日常を完全に失った中で生まれた異常な反応です。

彼らも怖いのです。そして、彼らが最も恐れるのは、爆撃機の音です。

[画像3: http://prtimes.jp/i/5176/828/resize/d5176-828-713802-2.jpg ]

7歳の女の子は、配布される食糧の中にパンを見つけ、興奮のあまり叫びました。『お母さん、見て、本物のパンがあるよ』

その後、アレッポ東部のハナノ地区を訪問しました。11月27日に政府軍が奪還した地域で、すでに6,000人以上の人々が帰っていました。そこは、大規模に破壊されていました。不発弾がいたるところに散乱していました。集合住宅は破壊され、病院はほぼ全壊、学校も修復可能な2校以外は完全に破壊されていました。驚くことに、それでも人々は帰っていくのです。崩壊した家や生活を立て直そうとしているのです。人々は、ただただ、家に帰りたいという一心でいることがわかります。

ユニセフのとてつもなく勇敢で決意を持った19名のシリア人および国際職員、数十人のボランティアと数百人のパートナーたちは、日々命を危険にさらしながらもアレッポ市に残り、子どもたちや彼らの家族を支えています。私たちのスタッフは、1カ月前に迫撃砲の直撃を受けた事務所を活動拠点としています。彼らは、家を出て職場に向かう途中、プログラムの現場や避難所への訪問最中でも、常に命の危険に晒されています。

それでも彼らを突き動かすのは、「アレッポで働くことは、彼らのアレッポへの愛と信念を表す行為なのです」と同僚の保健員のエスラアが言いました。アレッポの人々は、立派な町であった「在りし日のアレッポ」を、心の底から愛しているのです。

しかし、アレッポには安全な場所は残されていません。学校に通うことさえ命がけです。

私は、2人の美しい少女たち、ハナディさんとラマールさんの亡骸を一生忘れることはできません。ある朝、学校に行くために髪にピンクのリボンをつけた2人は家を出て、決して戻ることはありませんでした。2人は学校に行く途中、炸裂した爆弾の破片を体に受けて亡くなりました。ハナディさんの手は食べかけのチョコレートバーを握ったままでした。

今年、シリアでの学校への攻撃は84回におよび、学校にいた少なくとも69人の子どもたちが命を落とし、多くの子どもたちが負傷しました。

最近のアレッポからの避難民への支援のために、ユニセフの職員は昼夜問わず、子どもたちの生活が少しでもましになるように働いています。冬服が配布されつつあり、避難所やハナノのように帰還した人々が暮らす地域にトラックで飲料水を運んでいます。

120万人に安全な水を届けられるように、アレッポの水道網を機能させるための燃料提供、修復・維持に努めています。7,000人近くの子どもとその母親に、命を守るための定期予防接種を実施しました。移動診療を通して、1,600人の子どもに栄養不良の検査をし、栄養治療食を提供しました。地雷回避教育や心理社会的ケアは6,000人以上の子どもたちに提供されています。

こうしたシンプルな活動が命を守るのです。

世界の注目がアレッポに集まる中、悲しいことに苦難の規模は広範囲にわたっています。アレッポ東部は、シリア全土にある16カ所の包囲された地域のひとつにすぎません。50万人近くの子どもが状況の悪化する地域に取り残されていると推定します。

「包囲」という戦略はすべての紛争当事者が使っています。武装勢力が地域を包囲し住民を従属させるために食糧を奪い、また、病人や負傷した住民の移動を制限します。4万5,000人が暮らすマダヤ(Madaya)も、包囲された地域のひとつです。

最後に訪れた町で衝撃的な話を聞きました。人々は葉っぱや草を食べて命を繋いでいたのです。

私は「保健センター」と呼ばれる場所に案内されました。そこは、実際にはある家の地下部分の一室でした。暗がりの中、床に敷かれた青い毛布の上に何人もが弱々しく横たわっていました。町の唯一の小児科医である医師は、私をたったひとつのベッドに案内しました。そこには2つの姿があるようでした。暗闇の中でさらに近づいて驚きました。そこに横たわっていたのは、骸骨のように痩せ細った2人の若者でした。彼らは意識を失いつつありました。

16歳のアリさんは生と死の間を彷徨っていました。同僚の保健担当のラジアが彼の命を救おうと蘇生処置を行いました。彼女は声を出しながら彼の胸を押します。123、123… 。しかし、彼は私たちの目の前で息を引き取りました。

彼の眼を閉じたとき、すすり泣く声が聞こえてきました。部屋の隅に、彼の家族がうずくまっていたのです。彼らには嘆き悲しむ力すら残っていなかったのです。私たちは、保健員やボランティアに対して、私たちが持参した栄養治療食や医療品の使用方法について研修を施しました。

定期的に支援物資を積んだトラックが入れるときは、栄養不良率は改善しました。しかし、悲しいことに、包囲された地域では定期的に支援物資の搬入をできるのはまれなことです。

情況はさらに悪化しています。子どもたちは治療を受けるためにわずか100メートル先に移動することもかなわずに死んでいくのです。

シリアにおける支援活動の複雑さのために、シリア国内で人道支援を必要としている600万人近くの子どもたちに届けられる支援は僅かです。しかし、子どもたちは生き延びるため、そして当たり前の子ども時代を過ごすために、出来る限りのことをしています。

私は日々の仕事を通して、子どもたちの決意と不屈な精神を表すたぐいまれな話にいつも驚かされます。例えば、1万2,000人の子どもたちが、学年末試験を受けるために、命をかけて激戦の前線を超えたという話です。遠隔地に住む彼らは、より良い未来への希望と決意を胸に、何日間もかけて、検問所を超え、銃弾が飛び交う中をくぐりぬけて試験を受けにやってくるのです。

これらの勇気ある若者は、将来のシリアを築く、未来の教師や看護師、医師、建築家、建設業者、ミュージシャン、科学者、技術者なのです。

シリアの子どもたちが決してあきらめないように、私たちもあきらめることはできません。ユニセフは、子どもたちにできる限りの支援をし、可能な限り彼らに機会を提供していく決意があります。

ユニセフは、2016年だけで、320万人の子どもたちのために、教科書や学用品を提供し、校舎を修復し、何千もの仮設の学習スペースを提供しました。学校に通えない子どもたちには、自習のためのプログラムや補講クラスを提供することで、学校に復学した際に学習に追いつける手助けをしています。

何千人もの子どもたちに、彼らが直面する恐怖を克服するために、心理社会ケアを提供しました。公共飲料水の浄水、460カ所の井戸を含む水と衛生施設の修復、そして緊急時のトラックによる水の移送を通して、1,400万人に安全な飲み水を提供しました。定期予防接種率は全国平均で50%から75%に跳ね上がりました。ポリオは徹底した予防接種により、約3年間新しい症例が発生しておらず、根絶されました。

私たちは状況を改善することはできますが、それでは十分ではありません。ここではっきり申し上げたいのは、暴力が続く限り、シリアの子どもたち子どもたちの苦しみは続くということです。それでも、私たちは子どもたちに手を差し伸べるためにできる限りのことを行う決意があります。そのために、ユニセフには、日々命を懸けてシリア全土の子どもたちを守るために活動する200人以上のスタッフがいるのです。

私たちはすべての紛争当事者に対して、民間人への攻撃を停止し、学校や病院への攻撃を停止し、武装勢力に子どもたちを徴用・徴収することを停止し、戦争の武器としての「包囲」を停止することを求めます。

シリアの家族と子どもたちが、最も切実に望むこと。それは、自分たちの家に帰り、そこで平和に暮らし、彼らの美しい国の復興に貢献することです。私たちがしなければならないことは、まさに彼らが彼らの望みを実現できるような機会を提供するということなのです。

■ ユニセフについて
ユニセフ(UNICEF:国際連合児童基金)は、すべての子どもの権利と健やかな成長を促進するために活動する国連機関です。現在190の国と地域※で、多くのパートナーと協力し、その理念を様々な形で具体的な行動に移しています。特に、最も困難な立場にある子どもたちへの支援に重点を置きながら、世界中のあらゆる場所で、すべての子どもたちのために活動しています。(www.unicef.org)
※ユニセフ国内委員会(ユニセフ協会)が活動する34の国と地域を含みます
※ユニセフの活動資金は、すべて個人や企業・団体からの募金や各国政府からの任意拠出金で支えられています


■ 日本ユニセフ協会について
公益財団法人 日本ユニセフ協会は、先進工業国34の国と地域にあるユニセフ国内委員会のひとつで、日本国内において民間として唯一ユニセフを代表する組織として、ユニセフ活動の広報、募金活動、政策提言(アドボカシー)を担っています。 (www.unicef.or.jp)



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