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イラク・モスルからの声:支配生活と戦闘、食糧難からの脱出

(PR TIMES) 2016年11月22日(火)18時19分配信 PR TIMES

エルビル(イラク)発―連日続く戦闘、食糧難、そして生活を脅かされてやっとの思いで逃げてきた住民たち。イラクで政府軍がIS(イスラミックステート)からモスルの街を奪還する軍事作戦が続く中、国連WFPは住民10万人以上に温かい食事や食糧を配ってきました。今月13日には、イラク軍がモスル市内で最初に制圧した地区、ゴジャリ(Gogjali)から避難してきた25,000人に緊急の食糧支援を実施しました。そして未だ他の地区に取り残されている人々を助けるため、現地のパートナーと連携しながら必死の支援活動を続けています。
[画像1: http://prtimes.jp/i/9064/175/resize/d9064-175-887599-0.jpg ]



故郷を離れる決断、キャンプに希望を託す決意

何キロも続く有刺鉄線の向こうには、マットレスや毛布、調理器具、衣服が詰った袋に囲まれ、人々が身を寄せ合っていました。男性2人が大きなコンロを抱えて、人ごみや物の山をかき分け、通り抜けようとしています。「ここがこれからしばらく、生活の場。せめて料理ができれば自分の家という気分になるはず」と、そのうち1人が説明します。

ここは、モスルから45キロほど離れたカゼルの避難民キャンプ。奪還作戦が先月17日に開始して以降、ゴジャリなどから約6,000人の住民が避難してきました。ゴジャリは、政府の治安部隊によって制圧されましたが、激しい戦闘の中、住民たちは一刻も早く逃げるしか選択肢がありませんでした。

疲労困憊し、空腹に耐えて到着した避難民たちには、まず国連WFPによる炊き出しがあり、すぐに食べられる食糧が入った箱が配られます。その後、居住空間を割り当てられ生活が落ち着き、炊事等が出来るようになると、国連WFPから毎月、小麦粉や豆類、そして油など食糧が配給されます。

[画像2: http://prtimes.jp/i/9064/175/resize/d9064-175-757944-3.jpg ]


キャンプではさまざまな人生模様が垣間見えます。これまでの苦労に涙を流す人、親戚や知人等との待ちに待った再会に歓喜する人、そしてとりあえず生活の場をつくろうと忙しく荷物を整理する人。一方で、彼らはみな、もう一つの重い「荷物」を背負ってきました。この2年、ISの支配下での暮らしを余儀なくされてきた苦しみ、恐れ、悲しみ。そして将来への不安です。


やっと会えた父と娘

現在キャンプで過ごすアブドゥラさん。「2年2か月と7日ぶりに、娘のナジャと会うことが出来た」と言い、涙ながらにナジャさんを抱き寄せました。

「2014年にISがモスルにやってきたときは、銃声や爆発音、そして混乱や恐怖の叫び声が鳴り響くなか、とにかく逃げるしかありませんでした。そのときに娘や家族の一部とはぐれてしまったのです。まず家族の半数を避難させ、残った家族を迎えに行こうとしたところ、道路が封鎖され、街に入ることができなくなりました。そのときの想いは言葉に出来ません。」

[画像3: http://prtimes.jp/i/9064/175/resize/d9064-175-545297-1.jpg ]


「見つからないように送金をするなどして、遠くからでも家族を守るのに必死でした。」そして隣に立つナジャさんを見つめながら、「ISが選んだ人物と強制的に結婚をさせられないよう、娘を旧来の知人と結婚させようと仕組んだほどでした」と、2年以上会えなかった娘への悲痛の思いを語りました。

ナジャさんは当時の生活についてこう説明します。

「外出もできず、息の詰まるような2年でした。母と弟と3人での暮らしでしたが、男の人しか外出が許されていない中、まだ5歳の弟を買い物に行かせなくてはならない状況でした。こうして今、父と一緒にいられることが何よりも安心です。」

アブドゥラさんは安どの表情でこう続けました。

「娘の姿を再び目にすることができ、まるで生まれ変わったような気分です。何年も喉が渇いていたところに、やっと誰かが水を飲ませてくれたような感じです。」


やっと開放された父と息子たち

「ゴジャリを出たのは昨日の朝です。」

妻と息子2人を連れてカゼルの難民キャンプに逃れてきたヒクメットさん。

「街をようやく離れられたときは、お祭りのときのような気分でした。ISによって伸ばすことを強制させられていたひげも、キャンプに着いて真っ先に剃りました。おかげで妻がまたハンサムになったねと言ってくれています!」

[画像4: http://prtimes.jp/i/9064/175/resize/d9064-175-262455-2.jpg ]


これまで家族が強いられていた生活についてはこう語ります。

「この数年はとにかく何もかもが制限された生活でした。女性の外出が禁止されていたため、妻は2年間買い物にも出かけられず、私がいつも行っていました。私は鉄くずを売る仕事をしていましたが、仕事が無くなり、収入もゼロに。この1年は車を2台売って作ったお金で食糧や生活品を買い、細々と暮らしてきました。」

ISの支配は11歳のソフィアンくんと8歳のクタイバくんにも影響を及ぼしました。

「息子たちを学校に行かせることができませんでした。入学手続きはしたのですが、その後、IS式の教育であることを知り、そんな勉強をさせたくなかったので、家に居させることにしたのです。息子たちは私の全て。子どもにまでこのような苦難を強いられていることに一番怒りと悲しみを覚えます。」


食べられる安心を届ける

国連WFPは、キャンプの住民以外に、知り合いなどの家に身を寄せた人や、自宅で暮らし続ける人々に対しても食糧支援を行っています。

「どこにいようと、とにかく必要な人に対して食糧を届けることが重要です。」国連WFPイラク事務所のサリー・ヘイドック所長は、現在の支援活動についてこのように説明します。「彼らは生活の全てを奪われてしまっています。この大変な状況の中、まずは食べ物の心配を解消することが私たちの使命です。」

国連WFPはモスル周辺での食糧支援をすぐに拡大できるよう、近郊に食糧を備蓄済みです。他の支援団体と連携し、戦況を見ながら、届けられそうな地区から速やかに支援を拡大させています。

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プレスリリース提供:PR TIMES

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