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公益財団法人東京都歴史文化財団

江戸東京博物館「市民からのおくりもの2018」展 開催のお知らせ

(PR TIMES) 2019年03月05日(火)16時40分配信 PR TIMES

-平成28・29年度 新収蔵品から-

 東京都江戸東京博物館では、江戸東京の歴史と文化に関する資料を収集し、それらを未来へ伝えるために保存管理しています。
 本展は、博物館が新たに収蔵した資料を、みなさまにご覧いただく展覧会です。今回は、平成28・29年度の2年間にわたり収蔵した資料の中から厳選してご紹介します。江戸の風俗と文化を伝える浮世絵から、近現代の東京生活を物語る生活用品にいたるまで、バラエティー豊かな「江戸博コレクション」の世界をお楽しみください。

1 会期
2019年3月19日(火)〜5月6日(月・休)
開館時間:午前9時30分〜午後5時30分(土曜日は午後7時30分まで) ※入館は閉館の30分前まで
休館日:3月25日(月)、4月1日(月)・8日(月)・15日(月)・22日(月)
※会期中に一部の資料の展示替があります。

2 会場
東京都江戸東京博物館 常設展示室内 5F企画展示室

3 観覧料  企画展は常設展観覧料でご覧になれます
一般 600円(480円)/大学・専門学校生 480円(380円)/中高生・65歳以上 300円(240円)
※( )内は20人以上の団体料金。消費税込。

4 主催等
主催:東京都、東京都江戸東京博物館


5 展示構成および主な資料
第1章 江戸の名所 亀戸梅屋敷
 歌川広重の浮世絵版画「名所江戸百景」の1枚に、かのゴッホが模写したことで有名な「亀戸梅屋敷」があります。
 亀戸梅屋敷は、8代将軍徳川吉宗が鷹狩りの際にここへ立ち寄り、梅の花を愛でたという由緒をもちます。代々喜右衛門(きえもん)を名乗る安藤氏が梅園を管理し、ここで収穫される梅の実を江戸城に納めました。向島や蒲田の梅屋敷と並び、江戸の梅見の名所として人びとに親しまれました。とくに銘木「臥龍梅(がりゅうばい)」は有名で、広重の絵でも手前に大きく描かれています。しかし、1910年(明治43)に起きた水害で梅の木が枯れてしまい、閉園となってしまいました。
 このたび、安藤氏のご子孫から、大切に伝えられた関係資料を寄贈していただくことができました。梅屋敷の看板や江戸城出入りの鑑札・由緒書(ゆいしょがき)など、幕府とのつながりを示す貴重な資料の存在が明らかになります。
 この他、最古級に属すると考えられている吉原細見図(よしわらさいけんず)や武鑑(ぶかん)、江戸城大奥で天璋院篤姫(てんしょういんあつひめ)に仕えた女性の父が書いた日記など、歴史的に貴重な資料もあわせて展示します。
[画像1: https://prtimes.jp/i/38211/36/resize/d38211-36-151726-2.jpg ]



第2章 江戸の粋(いき)を描く 絵師(えし)たちの競演
 当館では、江戸の風景や生活の様子をビジュアルに伝える浮世絵や、江戸が産んだ優れた絵師たちの作品を積極的に収集しています。今回は、二つの重要な作品をコレクションに加えることができました。
 一つは、歌川豊春(とよはる)筆の肉筆画の大作「浅草寺図(せんそうじず)」です。作者の歌川豊春は、遠近感を強調して浮き出てくるように見える「浮絵(うきえ)」を得意としました。この作品には、多くの参詣人にまじって鳩や鶏・コウノトリなど多種多様な鳥たちが描かれています。
 もう一つは、近年注目が高まっている幕末明治の蒔絵師(まきえし)・柴田是真(ぜしん)の下絵コレクションです。是真は、絵師としても非常に優れ、当時から高い人気を得ていました。このたび収蔵した作品は、是真のご遺族に伝わっていた下絵や手控え類で、今は失われた作品もあり、是真研究に寄与する資料群です。 
 この他、滝沢馬琴(たきざわばきん)の伝奇文学をダイナミックに描いた歌川国芳(くによし)の傑作など、当館が新たに収蔵した江戸絵画の数々をご紹介します。
[画像2: https://prtimes.jp/i/38211/36/resize/d38211-36-531229-5.jpg ]


第3章 ひろがる東京
1872年(明治5)に新橋-横浜間で鉄道が開業してから、やがて150年になろうとしています。近代における都市東京の発展の歴史は、交通インフラの発達とともにあるといっても過言ではありません。

明治維新で東京は新たな首都となり、江戸時代の街並みから近代的な都市へ改造する都市計画が検討されました。しかし、計画はなかなか進まず、本格的な実施は20世紀に入った頃からです。これを後押ししたのは、鉄道の拡張や路面電車の敷設など交通網の整備でした。今や有数の観光スポットとなっている東京駅の駅舎が建設されたのもその頃です。交通が発達するにつれ、人びとは郊外へ旅するようになりました。また、政府は国を挙げて海外向けに日本観光をアピールし、外国人観光客の誘致に積極的に取り組みました。

この章では、ひろがりゆく都市東京の姿に焦点を当てます。また、国民新聞のジャーナリストで東京市市政記者として活躍した村高幹博(むらたかもとひろ)が集めた東京の地誌に関する資料が、ご遺族から寄贈されました。これもあわせてご紹介します。
[画像3: https://prtimes.jp/i/38211/36/resize/d38211-36-842070-7.jpg ]


第4章 「会水庵(かいすいあん)」ゆかりの茶道具と近代の生活文化
 当館の分館「江戸東京たてもの園」には、茶室「会水庵」があります。この茶室は、大正から昭和にかけて活動した宗偏流(そうへんりゅう)の茶人・山岸会水(やまぎしかいすい)が建てたものです。このたび、山岸会水のご遺族から、会水ゆかりの品々が寄贈されました。自分で窯を築き、茶掛けの筆も取るなど、多才だった会水自作の茶碗や書画などをご紹介します。
 またこの章では、働く女性の姿を伝える資料をあわせて展示します。大都市東京では、仕事を持ち自立して働く女性が多くいました。髪結(かみゆい)は今でいう美容師で、女性の髪結師が活躍していました。また、家庭で主婦が衣類を作るのが一般的だった時代は、裁縫教師が女性の職業の一つでした。ここでは、大正時代に東京谷中で髪結を営んでいた女性の資料や、裁縫学校で学び後に裁縫教師になった女性が作った、裁縫雛形(さいほうひながた)と呼ばれる練習用のミニチュア衣類をご紹介します。

この他、明治から昭和にかけて活躍した金工師・府川一則(ふかわかずのり)、及び六世尾形乾山(おがたけんざん)を継承した陶工・浦野乾哉(うらのけんや)の作品や関係資料を展示します。

[画像4: https://prtimes.jp/i/38211/36/resize/d38211-36-231937-9.jpg ]


第5章 風船爆弾工場の女学生たち
 太平洋戦争の時代、日本軍はある兵器を開発しました。爆弾を吊り下げた気球を作ってアメリカまで飛ばし、爆発させようというものです。当時は「ふ号兵器」の匿名がつけられましたが、現在は「風船爆弾」という名称で知られ、当館の常設展示にその復元模型が展示されています。
 この風船爆弾の製造には、勤労動員された若い女学生たちも、学業を捨てて従事していました。風船爆弾は、東京大空襲の影響により1945年(昭和20)3月をもって製造が中止されましたが、当時製造工場として使われていた東京宝塚劇場での解散式にあたり、女学生たちが工場関係者に贈った寄せ書きが、このたび寄贈されました。
 最後の章では、戦時資料や戦後の占領期、東京オリンピックに関するものなど、市民のみなさまからお寄せいただいた、時代を表すさまざまな資料を展示します。

[画像5: https://prtimes.jp/i/38211/36/resize/d38211-36-824890-6.jpg ]



6 関連イベント・その他

ミュージアム・トーク(展覧会見どころ解説)
【日時】3月22日・29日、4月5日・12日(各金曜日) 午後4時から30分程度
【参加料】無料(常設展観覧料は別途必要)

※常設展示室5階、日本橋下にお集まりください。



プレスリリース提供:PR TIMES

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