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株式会社朝日学生新聞社

第35回「海とさかな自由研究・作品コンクール」受賞作決まる

(PR TIMES) 2016年12月08日(木)16時57分配信 PR TIMES

「海とさかなとわたしたち」をテーマに小学生から自由研究・作文・絵などを募集する第35回「海とさかな自由研究・作品コンクール」(主催・朝日学生新聞社、朝日新聞社)の入賞作品が決まり、表彰式が12月3日に行われました。
 「海とさかな自由研究・作品コンクール」は、海とさかなに関わる不思議を研究し、美しさや魚食などに目を向けて作品を創作する小学生対象のコンクールです。第35回を迎えた今回は、「研究部門」「創作部門」合わせて2万9130点の作品が寄せられ、農林水産大臣賞、文部科学大臣賞などの最優秀賞を16点、グループ作品最優秀賞1点、海外作品特別賞1点、優秀賞59点を選びました。表彰式は12月3日、東京都中央区のロイヤルパークホテルで行いました。


[画像1: http://prtimes.jp/i/21716/12/resize/d21716-12-978658-3.jpg ]

 研究部門の農林水産大臣賞を受賞した安藤静冴くん(鹿児島大学教育学部附属小学校3年)は「とべ!と べ!トビウオ!!」と題し、トビウオをじっくり観察した結果をまとめました。「むなびれを広げるとたくさんのほねのような物にビニールをはっているようで、まるでビニールかさみたいな作りだった」など、感じたことや考えたことを表現する力も評価されました。


 創作部門の農林水産大臣賞を受賞した佐々木朝飛くん(岩手県宮古市立崎山小学校5年)は「浜人(はんもうど)として生きる」という作文での受賞です。2011年の東日本大震災でお父さんを亡くしましたが、漁をして生きるお母さん、おじいさん、おばあさんの姿を見て、自身も海と向き合う気持ちが強くなってきたことを書きました。震災とまっすぐ向き合う姿勢や力強い筆致が評価されました。作文の全文は下記のとおりです。
[画像2: http://prtimes.jp/i/21716/12/resize/d21716-12-440240-2.jpg ]

各賞の詳細と作品は「ジュニアコンクール.com」(http://www.junior-concours.com/)からご覧いただけます。

主催:朝日学生新聞社、朝日新聞社、後援:農林水産省、文部科学省、海洋研究開発機構、水産研究所・教育機構、海外子女教育振興財団、日本水産学会、協力:日本動物園水族館協会、協賛:日本水産株式会社

農林水産大臣賞
「浜人(はんもうど)として生きる」
佐々木朝飛(岩手県宮古市立崎山小学校5年)

 親潮と黒潮がぶつかりあう世界三大漁場の一つ、豊かな三陸の海。
 ここでは、浜に生きる人たちを「浜人(はんもうど)」と呼ぶ。海に生き、生かされている人たちすべてが浜人。僕もその一人だ。
 五年前のあの日。まだ一年生にもなっていなかった僕は、何がおき、これからどんな日々が待っているかなんて想像することも、考えることもできなかった。
 あれからずっと、海へと消えてしまった父のことが思い出せずにいる。
 そんな僕に、東日本大震災追悼式で代表の言葉を述べた母は、
「大切な家族をうばった海だが、この先も漁業を続け、海と向き合って生きていく。」
という決意の作文を見せてくれた。そして、
「目には見えないけれど、見守っていてくれる気がする。」
と、今日も元気で海へと出かけて行った。
 夜十一時。「清勝丸」の上で、前の日に切っておいたサンマを針に一本一本つけていく。
 夜中の一時。約二十五キロ先の沖を目ざす。
 朝三時。縄を入れる。一枚に三十四本の針。それを八十枚ぐらいなぎの状況を見て使うのだそうだ。
 十二時間近く沖で働いて市場につくのは、お昼すぎ。それからも休むひまなどないという。漁具をあげて、きれいに「さやめ(まぐ)て」次の漁に出る準備をするじいちゃんとばあちゃん。そして母。
 こんな大変な毎日を父も送っていたんだな。五年生になった今、少しずつだが「海と向き合う」という意味が分かってきたような気がしている。
 海が好きで、海の仕事がしたくて、母と一緒になりがんばってきた父。ひいじいちゃんの「清」じいちゃんの「勝」の名前がついた船に乗り、生き生きと働く姿が見たかった。
 明治の大津波。昭和八年の三陸大津波。そして、山は鳴り、鳥たちは叫び、何度も何度も大きくゆれたあの日の津波。三陸の海は、その度大変なことになった。船は流され、作業小屋も、漁具も海にもっていかれ、
「きれいさっぱり、なーんにもなくなった。」と、じいちゃんやばあちゃん、浜人たちみんな、希望を失ったそうだ。
 それでも、みんなで励まし合い、多くの人に支えられ、海を見すてずに前を向いて進んできたという。
 海の中で眠っている父は、
「朝飛、おまえは生きている。それが一番。生きているからこそ想像できるんだ。生きているおまえの中にオレは生きつづける。」
とでも言っているのかもしれない。
 そうだ。考えよう、自分に何ができるのか。想像するんだ、父の想いを。
 それから、海の仕事について調べた。この夏は、「とる漁業」について勉強した。
 わが家では「たら」を中心にとっていることも初めて知った。そのたらにもいろんな種類があることも分かった。
 魚市場にも行って見た。おどろくほどたくさんの人がくるくると働いている。船からおろす人。それを市場の中へ運ぶ人。重そうだった。
 手から手へわたされる箱の中には、海からの贈り物がぎっしりつまっていた。これが「宮古が日本一の漁かく量をほこるたらなんだな。」
と思ったら、僕までが金メダルをもらったみたいな最高の気分になった。
 夏まつりの中でも、僕と同じ事を思った先ぱいたちがいた。このたらを使って「フィッシュバーガー」を考え出し、販売した高校生。
 次の朝の新聞には、
「魚の街、わいわい」
というみだしで、笑顔の人たちの写真がのっていた。
 休むひまなしに続けられる海の仕事。そこで手にした海の宝。いろんな人の手にわたって、様々な形に変身し、全国中の人に届けられるんだ。
 すごい。すごすぎる。どんなにきつくても
「海の上で働きつづけたい。」
と力強い声で語ってくれたじいちゃんたちをほこりに思う。
 いつの日か、僕もその仲間に入れてもらおう。父がいる海で生きるんだ。
「おれを見てけろな。」
と、海と約束した。
 一人前の浜人になったら、「清」と「勝」の下に父の名前を付けてもらうのが、今の僕の夢。その船に乗って、夜の海に出る日が待ちどおしい。自然は、豊かな海をプレゼントしてくれるけど、立ち上がれないほどの意地悪もくり返してくる。それでも、海と向き合って、浜人として生きると決めた。よろしくな、父さん。



プレスリリース提供:PR TIMES

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