バラバラの開発


生産統括本部 パン第二本部
パン第二部 パン第二課 課長
元野正志氏

ランチパックは1984年の発売当初、「青りんご」「ピーナッツ」「小倉」「ヨーグルト」というスイーツ系の4アイテムからスタートした。その開発の経緯について、生産統括本部 パン第二課 課長 元野正志氏は、「菓子パンは通常、菓子パンの生地でつくりますが、当社が得意とする食パンを使って、おいしく、手軽に食べられる菓子パンはできないだろうかというのが、そもそもの発想でした」と説明する。


当初はスイーツ系だけだったが、当時の開発チームは製造設備や生産技術を向上させ、「たまご」「ツナマヨネーズ」といった惣菜系のフィリング(具材)を開発する。これを機に、スイーツ系・惣菜系を2軸にランチパックの種類は大幅に増えていった。


営業統括本部 営業部
企画第二課
田村優和氏

ランチパックの商品開発は、生産・営業・宣伝など約30名の本社の開発チームだけでなく、全国に展開する20の生産拠点においても、特産品などを使って独自に行っている。生産部門の元野氏とともに新商品開発をリードする営業統括本部 企画第二課の田村優和氏は、これがプラスにもマイナスにも作用したと振り返る。「例えば、もっちりした食感をもつ求肥(ぎゅうひ)を使った『キナコモチ』は岡山工場開発、『赤肉メロン&ホイップ』は北海道工場開発といった具合です。本社と各工場がそれぞれで新商品を開発していった結果、本社でコントロールできないくらいバラエティに富んだアイテムが生まれました。ところがアイテム数が増えれば増えるほど、商品コンセプトはぼやけていったのです」。


消費者に対しても、ランチパックというブランド名は浸透していなかった。「白くて四角のあのサンドイッチみたいなパン」という認識で、商品力はあるのに十分アピールができていなかった。


2006年、そのランチバックを戦略商品として重点的に売り出すことを、山崎製パンはトップダウンで決める。テレビCMを放映するなど、積極的な販売促進策を打つことにしたのだ。

1984年発売当時のランチパック「ピーナッツ」と「青りんご」。
このほか「小倉」と「ヨーグルト」も発売された