【自分の名前で仕事をする】
「伝説のホテル」を創る(前編)
ザ・レジェンド・ホテルズ&トラスト株式会社
代表取締役CEO 鶴岡秀子

鶴岡 秀子氏
鶴岡秀子さんは、「10歳のときから起業が夢だった」というほどの、筋金入りの起業家だ。現在代表取締役CEOを務めるザ・レジェンド・ホテルズ&トラストは、鶴岡さんが起業した3社目の会社になる。
しかし、ギラギラした金の亡者を想像すると大間違い。楽しそうに夢を語り、周囲を自然に共感させ、その夢を実現してしまうのが鶴岡さんだ。
10歳の頃の夢は、「起業し『感謝の投票』してもらいたい」
子供のころの将来の夢というと、「お花屋さん」「学校の先生」など、身近な「職種」を挙げることが多いだろう。それが鶴岡さんの場合は「起業家」だった。父が事業家だったことが理由の一つだが、もう一つの理由は「お金に対して負のイメージがなかった」(鶴岡さん)ことが大きい。

「人生ゲームが大好きだったんです。紆余曲折があって、最後にお金がたくさん集まった人が優勝するという、そう説明すると結構えげつないゲームですね(笑)。でも私は、売り上げが立ったり利益が出たりするということは、『あなたの会社のお陰で助かったよ』『あなたの会社のサービスが気持ちよかったよ』という感謝の気持ちがお金で投票されていると解釈していました。ですから、人生ゲームでたくさんお金を集めて優勝する人というのは、世の中の役に立つ人だと考えていました。早く大人になり起業して、人のためになるサービスや商品を世に出し、たくさんの人から『感謝の投票』をしてもらいたいと思っていました」(鶴岡さん)
鶴岡さんの子供の頃の「趣味」でユニークなのが、「吉野家さんチェック」だ。「家族で車に乗ってどこか行くたびに、車中から通りすがりの吉野家を覗き込んでは、『今あのお店は何人お客さんが入ってた。あそこは客単価がいくらで、一日何回転だから、従業員が多すぎる』などと言っていました。学校の勉強よりも、ずっと楽しい時間でした」という。「そんなことを年中やっていたら、父には『知らなかったよ。お前が吉野屋のオーナーだったのか』と言われて家族で大笑いしました。そんな父ですから、性別や年齢などの制約にはまったくとらわれずに育ちました」(鶴岡さん)

10歳の鶴岡秀子さん
そんなある日、家族で車に乗っている時の信号待ちで、目の前にそば屋と焼肉屋が並んでいるのを見た鶴岡さんの親は、鶴岡さんに「どう思う?」と聞いたという。「私が経営に興味があると知って聞いているのがわかったので、考えたすえ、『毎日焼き肉だと飽きるから、あそこにそば屋を開いたおそば屋さんはえらいと思う』と言いました。すると父が、『そうだね。でも、あのそば屋のオーナーは、焼肉屋さんと同じオーナーなんだよ』と言ったんです」(鶴岡さん)
この会話で、10歳の鶴岡さんは「大発見」をする。「2つのお店のオーナーが同じだと聞いて、すごい衝撃を受けました。店長であれば、去年の売り上げを今年は5%増にするのがせいぜいです。でも、経営者であれば、業態の違う店を出店することで、売り上げを倍にも3倍にもできる。店長と経営者はまったく違う次元で仕事をしていることに気付いて、愕然としました」

