「会社が好きで、転職なんて考えたこともなかった」
株式会社田代コンサルティング
代表取締役 田代 英治氏
田代さんは現在、古巣の川崎汽船の人事部業務を一部請け負うほか、大手製造業、大手製紙業、IT関連企業、ホテルなど十数社の人事コンサルティングを行うインディペンデント・コントラクター(業務単位の請負契約を複数の企業と結んで活動する「独立業務請負人」)だ。今期(2007年7月~2008年6月)の年商は約2,500万円と、3年前の独立当初の3倍以上を見込んでいる。
さぞ独立志向の強いサラリーマンだっただろうと思うところだが、田代さんは「仕事はキツかったですが、会社が好きで、転職なんて考えたこともありませんでした」と語る。
海や船にあこがれて入社した川崎汽船では、港湾施設の管理運営を担当。約4年が過ぎたところで営業に異動になった。最初はアポすら取れない状況だったが、まじめで丁寧な対応を心がけ、新規顧客も獲得するようになった。しかし「次は北米駐在員に」と夢見ていたところに、人事部への異動が告げられる。
仕事のやり方も営業とは違い、最初の1年半ほどは思うように仕事ができず、周囲の足を引っ張るばかりだったという。しかし、ここでふてくされて無気力にならなかったことが、田代さんのその後に繋がった。
当時の上司に、「社内で2つは専門性を持て。例えば人事と営業ができれば、将来現地法人の社長をすることになった時に強い」と言われたことも影響し、田代さんは「人事の分野で、専門性を身に付けたいと思った」という。そして「スペシャリストとして形になるものを」と、社会保険労務士の資格取得に挑戦する。合格率10%前後の狭き門だ。通勤電車の中や、早朝の業務開始前の時間を使って試験勉強し、3回目の受験で合格した。川崎汽船入社13年目、人事部に異動してから5年目のことだ。
「今後は、人事を含めた管理部門でキャリアを積んでいけるのではないか」と考えていたところが、社会保険労務士資格合格の翌月、コンテナ船の運航管理を行う部署への異動が決まった。海運会社では花形部門だ。
しかし、「自分のやりたいことと業務のギャップが大きく、正直モチベーションが上がりませんでした」と田代さんは振り返る。人事部への異動を希望し、3年半後に人事部に戻ることになった。
異動かさねる中で、会社と自分の関係に疑問
せっかく希望の部署に戻れたのだが、この頃の田代さんは、「会社と自分の関係」に疑問を持ち始めていた。「人事・労務の仕事を突き詰めたいという気持ちが強くなっていたのですが、会社にいる限りは今後も異動はあるだろうし難しい。それに、この頃から『(川崎汽船以外の)外の仕事もしてみたい』という気持ちが出てきました」(田代さん)。そして気持ちがどんどん独立に傾いていった。
事務所に飾られている模型
二度目の人事部在籍3年目が終わろうとする頃、上司に呼ばれ、「営業から『田代に来てほしい』という話がある」と告げられた。ここで初めて田代さんは、胸に秘めていた思いを上司に伝えたという。「『(社会保険労務士の)資格を持って独立したいので、営業には行きたくない』と話しました。その時、『できれば独立してからも、今の会社の仕事を引き続き担当したい』とも言いました。これがうまくいく確信は全くありませんでしたが」
意外にも上司からは、すんなり賛同を得られた。田代さんが独立した後も、業務委託契約の形で引き続き川崎汽船の仕事を担当することになったのだ。田代さんにとっては願ってもない条件だった。












