目標を定めない生き方

──多くの人は、自分の専門分野を一度定めると、そこから別の領域にチャレンジすることに困難を感じるものです。生き生きとした好奇心を保ちながら、常に新しいことに挑戦し続ける秘訣がありましたらお聞かせください。

妹尾堅一郎氏

妹尾 秘訣のようなものがあるとすれば、「目標を定めない」ということでしょうか。ちょっと前の話ですが、留学を目指している人たちにアドバイスをしていたことがありました。留学しようとしている人たち、特に若い人たちは「留学には確固たる目的がなければならない」「お金をかけて行くんだから、目標をしっかり定めてそれに向かって頑張らなければならない」という思い込みが強すぎると僕はいつも感じていたものです。そういう人たちに向けて、僕は常々こう言っていました。

若いうちに目標を定められるのは、松坂大輔や宇多田ヒカルのような人たちだ。野球選手や歌手、つまり芸事に従事する人たちであり、身体知で勝負する人たちだ。そういう人は、若い頃から訓練を重ねないと一流にはなれないだろう。しかし、そうではない人が、若い時分から人生の目標が分かっているとしたら、それは実は自分の可能性を削ぎ落としているに等しいのではないだろうか。二十歳やそこらで自分にどんな可能性があるかなど分かるはずはない。あっちに行ったりこっちに行ったり、迷いさまようのが当たり前だ。むしろそうやって、「ああ、俺はこんなことにワクワクするんだ、こんなこともできるんだ」という発見をするのが楽しいではないか。つまり、自分が変わっていくのが楽しいのではないか。だから、目標なんかゆるくても構わないから、留学したいと思ったら留学すれば良い。そして海外で自分が関心を持てるものを探索してくれば良い。ただし、単にフラフラしているのはダメだぞ。その時々の目の前のことにしっかり集中して、一生懸命取り組みなさい。必死にやってみていれば、その上で別のものが見えてくるだろう。そうしたら、そっちに移っていけば良い――。

──なるほど。では、妹尾さんご自身が現在最も関心をもって取り組んでいる仕事は何ですか?

妹尾 取り組みたいと思っているのは、問題学の本づくりです。自分がこれまでやってきたことの形がここに来てようやく見えてきたので、いよいよ書けるのではないかと感じています。学問として確立させるにはどうしても学術的専門書と教科書がなければいけませんから、それらは何としても仕上げたい。これまでも本をたくさん書いてきましたが、そのほとんどは、俗に言う「左手で書いた本」、つまり、専門書ではない本で、僕の助手に言わせると「現実逃避のために書いた本」ということになります(笑)。そうではない、体系的な専門書と教科書をぜひ書き上げたい。そう思っています。

それがワクワクしている仕事だとすると、一方に非常にハラハラしているテーマもあります。僕は『技術力で勝る日本が、なぜ事業で負けるのか』という本で、「これからの世界では、技術力を活かすビジネスモデルと、それを支える知財・標準マネジメントといった「知を活かす知」がなければ絶対に勝てない」と書きました。この本を書いたのは、強い危機感があったためです。というのも、その常識を今の日本の経営者はほとんど理解していなかったからです。

これは、若いビジネスパーソンにぜひ知っておいてほしいことですが、ほんとやばいですよ、今の日本は。欧米の勝ち組企業が既に何年も前から実行している定石が日本企業には一切浸透していない。このままでは本当に日本はダメになります。だから僕は、幾分尊大かもしれませんが、体力が続く限り警鐘を鳴らし続け、啓発活動を続けていきたいと考えています。幸い、この本は刷りを重ね、一説には経産省の課長のほとんどは読んでくださっているそうですし、経営者の方々の推薦本にもなっている。とはいえ、早く、次の本も出したいと思っています。