大事なのは結果ではなく、プロセス

──まずは、早大大学院合格おめでとうございました。長年の夢をかなえられましたね。

桑田 高卒なので審査に通るかどうか、心配でした。面接も全く手応えがなくて、「これはダメかな」と思いましたけど、何とか合格できて良かったです。

──2008年の3月に現役を引かれた後、野球人生をゆっくり振り返る時間をお持ちだったのではないかと思います。ご自身のこれまでの歩みをどう評価されていますか?

桑田 何一つ悔いはないですね。現役への未練も全くありません。200勝と40代での現役という目標は達成できませんでしたが、大事なのは結果ではなくて、プロセスです。目標を立てて、それに向かって努力する。それが大切なのであって、目標を達成したから偉いわけでもないし、達成できなかったからダメなのでもない。プロセスがすべてなんですよ。僕の野球人生は十分に幸せだった。だから、今僕の中にあるのは、感謝の気持ちだけです。

──プロに入ってから何度も苦しい状況を経験されましたが、中でも一番苦しかったのは、1995年のひじのけがだったと思います。側副靱帯断裂という大変な重傷でしたが、あの頃の桑田さんを支えていたものは何だったのですか?

桑田 野球が好きだったということに尽きるでしょうね。それから、家族や友人の励まし、ファンの皆さんの応援。そういうものも心の支えになりました。試合に出られず、独りでグラウンドでトレーニングしている僕を、暑い日も寒い日も、雨が降っている日も雪が舞っている日も、必ず誰かが応援に来てくれていました。本当にありがたかったし、あれがあったから何とか乗り越えられたのだと思います。

──2年後の97年に華々しい復活を果たされて、それから2年連続2桁勝利を記録されたわけですが、それ以降はなかなか勝ち星が挙がらず苦しい時期が続きました。

桑田 あれは誰もが通る道ですからね。力が衰えてきて、思うように活躍できなくなる。そうなってすぐに引退する人と、しがみついてでも続けようと思う人がいるわけです。僕はひじをけがする前は、落ち目になったらパッと辞めようと思っていました。でも、手術したことで人生観や野球観が変わりました。ぼろぼろになっても最後まで続けたい、自分の気持ちが納得するまで続けたい。そう思うようになりました。

──06年にジャイアンツを退団してメジャーリーグに挑戦されたときは、「まだやり尽くしていない」という思いがあったわけですね。

桑田 そうです。子供がまだ中学生だったから、そばにいてあげたいと思ったのですが、「パパの夢なんだから挑戦したら」と言われてね、それで挑戦したわけです。でも、周囲からは言われましたよ。「もう恥をさらすな」「これだけやったんだから、もういいだろう」──。でも、心が納得していなかったんです。

かっこ悪い、みっともないと言われたっていいんですよ。人からそう言われてやめるんだったら、何のために生きているのかということでしょう。人は人、自分は自分です。自分がやりたいと思ったらやる。自分の目で見て、自分の手で触れてみて、それで何かを感じる。それが生きている証しじゃないですか。