人生のモットーは「生涯不良」

──現在は、角川春樹事務所の特別顧問というお立場ですが、具体的にはどのようなお仕事をされているのですか?

角川 まずは、なぜ「特別顧問」かということについて説明しておきます。私が2年5カ月の服役を終えて会社に復帰したのが2004年ですが、刑務所を出ても1年間は保護観察期間というものがあるから、すぐには取締役にはなれなかったわけです。ましてや代表権は持てない。それで、会社のオーナーでありながら、便宜的に特別顧問というポストに就いたのです。現在もその立場のままで取締役会に参加し、会社の経営に携わっています。

角川 今は社長になれないことはないが、すでに大杉明彦という社長がいるわけだから、私が復帰する理由はない。それから、社長に復帰しないもう一つの理由は、出所してから、人生のモットーを「生涯不良」と明確に定めたからだ。不良であるということは、何ものにも拘束されないということ。家族にも社会にも、むろん会社にも拘束されない。仕事は自分が楽しいからやるのであって、使命感とか義務感からやるのではない。しかし、社長になってしまえば、そうも言っていられなくなる。だから私は、自由に生きるために現在のポジションのままでいるわけです。

──著書『わが闘争』に、角川春樹事務所を世界一の出版社にしたいと書かれています。その志は、今も変わりませんか?

角川 もちろん変わりません。世界一の出版社にしたい。しかし、規模で勝負しようとは思っていません。規模は小さくても利益率は世界一高い。そういう出版社にしたいと考えています。角川書店時代、私は角川を日本最大の出版社にしようと思っていた。「ビッグ・カンパニー」を目指していた。今の会社が目指すのは、規模を大きくせずともいい仕事ができる「グッド・カンパニー」です。

私は逮捕されて、何もかも失った。しかし、もう一度出版で勝負したいと思った。この仕事が好きだったからです。これほどアイデアがものをいう商売はほかにない。ゼロからの出発だったが、すべてを一度失ったことは結果的に良かったと思っています。今の私は角川の「二代目」ではありません。現在の私に角川書店の頃のような足枷は一切ない。あの時代から比べれば、今の方がはるかに面白い。比べものになりません。

私が出所したとき、社員全員が会社のフロアに並んで、「お帰りなさい」と言って私を迎え、花束を渡してくれた。私が刑務所に入っている間、会社を辞める者はいなかった。現在でも、私の誕生会は社員全員を呼んでやっています。紅白歌合戦をやって、トロフィーと賞金を私が用意する──。これほどに人と人とのつながりがある会社はないですよ。

しかし大企業になってしまえば、こういう良さはすべて失われてしまう。私はこの会社が大規模になり、無味乾燥な出版社になるのはまっぴらごめんだ。そうさせないためにも、自分の志を次の人たちに託したうえで身を引きたい。そう思っています。